SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.23, No.3 June, 2014


電場誘起超伝導の最近の進展                  _東京大学ほか_


 電界効果トランジスタを用いた超伝導体のキャリア濃度制御は50年以上の研究の歴史があり、とくに銅酸化物高温超伝導体では基礎研究、実用の両面から研究がされてきた。しかし、電界効果では誘起できるキャリア濃度に限界があり、また10年前のBell研究所の研究捏造事件もあり研究が下火になっていた。最近、イオン伝導性をもつ電解液をゲート絶縁層の代わりに使う、電気二重層トランジスタという新しい電界効果デバイスの登場により化学ドーピングと同様の高濃度のキャリアドーピングが可能になり、銅酸化物を初め様々な物質に研究が進展しつつある。

電界効果トランジスタは絶縁層を半導体(チャネル層)、金属層ではさんだ構造を持ち、ゲート電圧を印加することでチャネル表面には静電的に伝導キャリアが誘起される。この手法では化学ドーピングと異なり物質の化学的性質によらず物理的にキャリア誘起が可能であり、しかもゲート電圧という外場によりキャリア濃度を連続的に変化できるのが特長である。しかし、従来の固体の絶縁層は10 MV/cmを超える電界で絶縁破壊するため、超伝導を制御するのに必要なキャリア濃度制御は難しかった。それに対し、電解液を絶縁層の代わりに用いるとチャネルと電解液の界面に数nm以下の厚さの電気二重層が生じ、非常に薄い絶縁層として振る舞う。この電気二重層の絶縁耐圧は電解液界面の化学的性質で決まるため、特に酸化物半導体と有機電解液の界面では従来の電界効果の100倍近いキャリア濃度制御が可能である。

この電気二重層トランジスタを用いたキャリアドーピングの研究は東北大岩佐研(当時)のグループで進められ、東北大川崎研との共同研究により2008年に初めて化学ドーピングを用いない絶縁体母物質への電場誘起超伝導がSrTiO3で報告された[1]。続いて、2010年には東北大岩佐研のYeらにより層状窒化物 ZrNClを母物質としたTc = 15 K の電場誘起超伝導が報告された[2]。この研究では新たにイオン液体を電解液として用いることでキャリア濃度を面積当たり 3×1014 cm-2、キャリア濃度にして格子あたり 0.15 個程度まで高めた。イオン液体は室温で液体となる溶融塩であり、溶媒なしに 200 K 程度の低温まで電解液として用いることができる。溶媒和しないイオンが作る電気二重層の厚みが数Åにまで薄くなるため、このような高キャリア濃度の制御が可能になった。

続いて、2011年には東北大川崎グループの上野ら(当時)により酸化物半導体 KTaO3で電場誘起により新たに Tc= 0.0045 K の超伝導が報告された[3]KTaO3 は化学的にドーピングが難しいために不純物で誘起できるキャリア濃度に限界があり、極低温まで金属伝導はするが超伝導にならないとされてきた。電界効果という物理的なキャリアドーピング手法を用いて従来の限界を超えるキャリアドーピングを行うことで超伝導が実現された。また、2012年には東大岩佐グループのYeらにより、MoS2での電場誘起超伝導が報告された[4]MoS2ではCs0.3MoS2のようなアルカリ金属をインターカレーションした系でTc ~7 K の超伝導になることが知られているが、化学的なキャリア濃度の制御は難しかった。電気二重層トランジスタによりMoS2一格子あたり0個から0.15個までのキャリア濃度を連続的に制御することが可能になり、その結果 MoS2は格子あたり0.1個のキャリア濃度でTc = 11 K の極大を持つドーム的な超伝導相図を持つことが明らかになった。このTcNbSe2を上回り、既知の層状カルコゲナイドでは最大のTcである。これらの報告から、電場誘起超伝導は新物質開発や超伝導相図を研究する手法として使えることがわかった。

さらに、銅酸化物高温超伝導体では 2011 年にブルックヘブン国立研究所のBozovicグループから、La2-xSrxCuO4の絶縁体超伝導転移を外部から与えた電圧により連続的に制御したと報告された[5]。この報告では 2 ユニットセルの厚さの薄膜に電気二重層トランジスタを作成している。正負にゲート電圧を印加することでCuあたり±0.04個のキャリア濃度を制御し、Tcを最大で30 K変化させた。また、絶縁体から超伝導へ連続的に転移を起こし、これが量子相転移であると報告している。相臨界抵抗はR= h/(2e)2=6.45 kであり、2eの電荷をもつクーパー対がローカライズして絶縁体転移を起こすことを明瞭に観察した。

さらに、他の超伝導体母物質でも電気二重層トランジスタが報告されている。たとえば2013年に物材機構・筑波大学の高野グループと早稲田大学の川原田グループの共同研究で、ダイアモンドの電気二重層トランジスタでゲート電圧による絶縁体から金属への転移を報告した[6]。この研究では誘起されたキャリア濃度が 4×1013 cm-2と小さく、超伝導に至らなかったと報告されている。また、2014年に東工大細野グループでは鉄系超伝導体の母物質の一つ TlFe1.6Se2を用いたモット絶縁体から金属へのゲート誘起相転移を報告した[7]CaF2基板上に20 nmの厚さのエピタキシャル薄膜を作成、イオン液体を電解液とすることで 4 Vまでの安定なゲート電圧印加を行った。その結果、2.5×1014 cm-2程度のキャリアを誘起し、絶縁体から低温まで金属伝導を示す状態へ転移させた。

今までに報告された電場誘起超伝導のTcを図1にまとめた。層状化合物、酸化物半導体、銅酸化物など多様な系で絶縁体から超伝導への転移が報告され、いわゆる低キャリア濃度系の超伝導体で電場誘起キャリアドーピングが超伝導研究のツールとなっていることがわかる。また、電場誘起による物性制御は絶縁体金属転移を示す遷移金属酸化物の薄膜やグラフェン、強磁性体金属の超薄膜などでも報告されている。東京大の上野和紀准教授によれば「電場誘起キャリアドーピングは単結晶薄膜やバルク単結晶のへき開面など、欠陥の少ない表面に適している。銅酸化物・鉄系超伝導体薄膜や有機系母物質などで研究の進展を期待したい。さらに、今後、バルク単結晶に電場誘起キャリアドーピングできるようになれば大きく材料開発の世界が広がる」と述べており、さまざまな物質系へと今後も研究が進展していきそうである。(こまばっこ)

 

テキスト ボックス: 図1  今までに報告された様々な電場誘起超伝導の超伝導転移温度。横軸は低温でのシート電気伝導度。

 

参考文献

[1] K. Ueno et al., Nature Mater. 7, 858 (2008).

[2] J. T. Ye et al., Nature Mater. 9, 125 (2010).

[3] K. Ueno et al., Nature Nanotech. 6, 408 (2011).

[4] J. T. Ye et al., Science 338, 1193 (2012).

[5] A. T. Bollinger et al., Nature 472, 458 (2011).

[6] T. Yamaguchi et al., J. Phys. Soc. Jpn. 82, 074718 (2013).

[7] T. Katase et al., Proc, Nat. Acad. Sci. 111, 3979 (2014).