SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.23, No.2 April, 2014

 


生命科学実験施設での超伝導体研究 _ J-PARC センター_


 

 J-PARC センターの物質・生命科学実験施設 (MLF) ( 図 1) が今年 2 月からハドロン事故後再び動き出したとの噂を聞き、その様子を取材してきた。実際に J-PARC センターのある茨城県の東海村の日本原子力研究開発機構へ行ってみると、入構時に身分証明書を提示し、事前にしっかりとした複数の安全教育に加えてテストもあった。物質・生命科学実験施設内に靴を履きかえて入ってみると、施設のホールは東側と西側に分かれており、両方ともカラフルなコンクリートブロックに覆われた装置が放射状にぴったりと寄り添いながら並んでいた ( 図 2) 。

 中心には水銀を循環させたターゲットがあり、これに加速したプロトンを当てて核破砕反応で中性子を発生させる。現在約 0.3 MW の出力で、パルス状に中性子を 25 Hz で発生させているが、将来さらに 3 倍の 1 MW の出力を目指している。そのままでは中性子のエネルギーが高すぎるので、まわりに液体水素を循環させた減速材があり、まわりの装置はその減速材から出てくる中性子を見ている。すぐ近くにある研究用の原子炉 JRR-3 の出力は 20 MW だそうで、出力だけ比べると 0.3 MW で随分と弱いように思えるが、 J-PARC の中性子の発生効率は高く、 1 回のパルスあたりではすでに世界トップの中性子強度になっている。さらに中性子の飛行時間の隙間をうまく使って、いくつもの速度の違う中性子を利用することで、エネルギースケールの異なる複数のデータが一度に取れるそうだ。中性子は電荷を持たず、磁気モーメントも電子の 2 千分の 1 程度しかないから、物質中の透過率が高く通り抜けやすいとのこと。確かにそれなら、バルクの物質内部の情報を非破壊で調べることができそうだ。また中性子は原子核や電子スピンとの相互作用から、物質波として散乱パターンを示し、電磁波の X 線と比較して、水素などの軽元素で散乱断面積が大きく観測しやすいそうだ。

 一方、その中性子を減速したり、バックグランドとなる中性子を減らしたりするためには、中性子を止めることも必要で、その際には散乱断面積や吸収断面積が大きい水素、 Cd や希土類金属の Gd などが使われる。減速材に液体水素 ( パラ水素 ) が使われているのはそのあたりに理由がありそうだ。またピンク色の BL14 AMATERAS ( 図 3) の真空漕内を、この装置担当の理系女のスタッフに特別に見せてもらうと、白銀のまぶしく神々し い世界が広がっている。そして 3 m 近い長い中性子ディテクターが何本も立ち並んでいた。このディテクター以外の真空漕の内側すべてが Cd の板で覆われていて、外側は水素いっぱいのパラフィンブロックで覆われていた。

 聞けば聞くほど、この装置は中性子の性質を知り尽くして、必要なエネルギーの中性子を減速材で増やし、要らないバックグランドになる中性子をとことん減らしている。確かに装置の性能は、欲しい信号の強度だけではなく、低いバックグランドを実現してこそ、優れたものになる。この 非弾性散乱装置で磁気励起や格子振動などを調べることができ、この AMATERAS では、わずか 0.14 g の単結晶でも十分な磁気非弾性散乱スペクトルが 10 時間程度で得られたそうだ。また水素ドープ鉄系超伝導体のように結晶が得られない場合でも、装置は変わるが粉末試料の磁気非弾性散乱から重要な情報が得られたそうだ。このような中性子非弾性散乱装置として J-PARC/MLF には、得意なエネルギー領域が高いものから順番に HRC(BL12) 、四季 (BL01) 、 AMATERAS (BL14) 、 DNA(BL02) があり、今後、様々な超伝導体の研究に活躍しそうだ。

 次に超伝導線材について教えてもらうことにした。超伝導線材は銅や銀などの マトリックスと超伝導フィラメントなどとの複合材料だが、その中性子散乱パターンの解析から、各々の構成物質の弾性歪 ( 応力 ) 、結晶軸の配向性、それらの組成比、粒子サイズ、格子欠陥などの情報が得られるそうだ。それぞれの評価用に特徴的な中性子散乱装置があるそうで、応力測定には匠 (BL19) があるとのこと。厚さ約 1 m m の YBCO テープを 2 枚重ねて、マトリックスの銅と YBCO 相の配向性が求まったそうだ。この装置では、ハッチの中の開放的なスペースの中心に試料を置くと、前方の減速材から中性子ビームが来て、散乱角 2 q =90 度の左右から大きな中性子検出器バンクで試料の一部、つまり ゲージ体積部分のみ を見る配置になっている。 引張り試験機で、 中性子ビームから 45 度の方向に試料を引っ張ると、粉末試料ではこれまで同じデバイシェラーリング上にあった左右の検出器の情報が、引っ張られる方向と、その垂直方向とで異なるものとなり、わずかだが格子定数に変化が現れるそうだ。これが材料の歪みに相当し、いろいろな温度でその場観察できるようになっている。この歪みの大きさに伴い、臨界電流値が変化するので、確かに実用上重要な測定である。その他の粉末試料の結晶構造関連の研究には、格子面間隔の d 分解能が高いものから順番に、 SuperHRPD(BL08) 、 iMATERIA(BL20) 、 NOVA(BL21) があり、強度はこの順番で弱くなるそうで、ちなみに中間の iMATERIA で、 8 mg の リチウムイオン電池用正極材料 試料で構造解析に成功したとのこと。このように J- PARC/MLF ではこれまでの中性子散乱測定で大量の試料が必要だという常識はすでに変わっていた。強度と分解能との間には以下のトレードオフの関係がある。中性子は減速材の発生源から立体角全体の 4 p に広がる。正確には減速材の種類や反射率の高いスーパーミラーガイドの有無で異なるものの、おおまかには中性子散乱強度は減速材から検出器までの距離 L の 2 乗に反比例することになる。一方で、 d 分解能は飛行時間法での減速材から検出器までの位置と飛行時間の誤差、散乱角度の誤差の誤差伝搬から決まり、格子面間隔 d の誤差はおおまかには減速材から検出器までの距離 L に反比例するそうだ。つまり検出器の距離が遠くなると急速に強度は下がり、 d 分解能はゆっくりと上がることになる。そうすると施設の建屋からはみ出した長距離の装置では分解能が高いが、一方で散乱強度は弱いということのようだ。強度も分解能も何もかも良いなどというような都合のいいことにはいかないそうだ。一方、基礎物性評価では、小角散乱装置として大観 (BL15) があり、単結晶を用いて磁束格子を調べることで磁場侵入長などの超伝導パラメーターを求めることが可能だそうだ。また 単結晶の結晶磁気構造解析用の装置として BL18 千手もあった。また低エネルギーの非弾性散乱測定用の BL02 DNA では m eV オーダーのエネルギー分解能があるそうだ。構造情報も得られる新しいタイプのラジオグラフィーができる BL22 RADEN と偏極非弾性ができる BL23 POLANO も現在、建設中とのこと。まだまだ最先端技術を駆使した装置ができてきており、サポートもしっかりして、 100 mK 以下の希釈冷凍機の低温から 2500 K までの高温、 30 GPa までの圧力下、 7 T までの磁場下での実験などもできるそうなので年 2 回の実験申請書を出してみることにした。装置責任者に予め問い合わせて、実験内容を相談しておくと良いそうだ。 現在の運転状況を初めとしていろいろな情報がホームページに紹介されているそうなので、ぜひ以下のサイトをいますぐチェックしてみよう。 http://j-parc.jp/researcher/index.html ( 新都論楽碁 )

図 1 J-PARC センターの航空写真 ( 資料提供:日本原子力研究開発機構 ) 。

 

図 2 J-PARC センター物質・生命科学実験施設 (MLF) 建屋内部の西側 ( 上 ) および東側(海側) ( 下 ) ( 資料提供: JAEA/KEK J-PARC センター ) 。

図 3 冷中性子ディスクチョッパー型分光器 BL14 AMATERAS ( 資料提供: JAEA/KEK J-PARC センター ) 。