SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.24, No.5 October, 2013


 

可能性が見え始めた鉄系超伝導線材

           _物質・材料研究機構、中国科学院、米国国立強磁場研究所_

 


  REFeAsO(1111) 系に於ける高 T c 超伝導発現の報告以来、世界中で鉄系超伝導体の物質開発が精力的になされてきた。発見当初の新超伝導体ラッシュは一段落し、ここ最近ではどちらかと言うと BiS 2 鉄系超伝導線材開発の動向は SUPERCOM 誌でもたびたび取り上げられてきたが、最近の進展は急速であり、ここに現状を整理しその可能性を考えてみたい。
  約 50 種におよぶ鉄系超伝導体のなかで線材化を視野に入れた研究が行われているのは、構造が簡単な順に Fe(Se,Te) に代表される 11 、 AE Fe 2 As 2 [ AE =Sr, Ba] の AE , Fe, As のいずれかを部分置換した 122 、 REFeAs(O,F) [ RE : 希土類 ] が代表的な 1111 の 3 系である。

 

         図 1  鉄系超伝導体 11 、 122 、 1111 相の結晶構造

 

 図 1 はそれらの結晶構造である。 T c はそれぞれ ~20 K, ~38 K, ~55 K であり、銅酸化物超伝導材料のように液体窒素温度 (77 K) での応用は無理であるが、 H c2 が銅酸化物超伝導体並みに高いことから高磁場発生用の材料に使える可能性を持っている。逆に言えば超伝導コヒーレンス長が短く、多結晶材料の開発では粒間の弱結合の問題を気にしなければならない。但し、超伝導に関わるバンドが多く、超伝導が銅の d x 2 - y 2 軌道のみに由来する銅酸化物超伝導体よりも 2 次元性が弱く、 2 軸配向させなくても高い J c が実現する可能性を持っている。実際、バイクリスタル上の c 軸配向膜の研究において ab 面内の結合角の増大に伴う J c の低下が銅酸化物より小さいことが複数の研究によって示されている。最も T c , H c2 が高い 1111 系は、超伝導 (FeAs) 層が REO 層によって隔てられているため、電気的磁気的異方性がやや大きく、そのパラメター G (= H c2 // ab / H c2 // c ) は約 5 と見積もられている。この値は銅酸化物の Y123 系のキャリアのオーバードープ状態とほぼ同じで、 T c が低い Y123 と例えても良いが、実際、 Y123 同様に弱結合の問題が深刻であり、多結晶材料の J c は特に磁場中で極めて低いままである。 11 系は G が 2 以下と低く、結晶構造が単純で構成元素が少ない有利さがあるが、 T c が低い点が不利である。一方、 122 系は 11 系より超伝導層間隔が広いものの G は 1~2 とほとんど異方性が無い。さらに 11 系も同様であるが、酸化物ではないことから様々な金属材料との複合できそうで、また、合成の意識は酸素を絶たなければならない点で金属系超伝導体と似ている。しかし、セラミックスであることから金属シース線材は Bi2223 線材と同様なパウダーインチューブ (PIT) 法が採用されている。これまで、 122 系の金属シース線材の開発は、中国科学技術院、物質・材料研究機構、米国国立強磁場研究所で積極的に進められているが、それぞれに製法が異なる。まず、中国科学技術院の Ma らのグループはシース材に鉄を、超伝導体には (Sr,K)Fe 2 As 2 を用いている。最近の線材はテープ状で超伝導体に Sn を混ぜた効果と思われるが焼成後には結晶が“配向したような”組織が形成されている。一方、物質・材料研究機構の熊倉・戸叶らのグループではシース材に銀、超伝導体に (Ba,K)Fe 2 As 2 を用いており、最近の線材はテープ状である。本誌前号では 4.2 K 、 10 T で J c ~3 x 10 4 A/cm 2 を達成したことが取り上げられている。米国国立強磁場研究所の Weiss らは銀を内層に持つ銅シース線を作製しており、超伝導体は (Ba,K)Fe 2 As 2 である。特徴は丸線であること、超伝導体の原料混合を強力ボールミルで行い微細な 122 相粒子を生成させ、これを線材に詰め比較的低温で 2 GPa のもとで加圧焼成していることである。この方法で均一性に優れ粒間の良好な結合を持つ線材が得られており、一昨年の秋の学会では 4.2 K, 自己磁場の J c が鉄系超伝導線材として初めて 10 5 A/cm 2 を超えたことが報告された。
  図 2 は今秋の欧州応用超伝導会議 (EUCAS2013) で物質・材料研究機構の Gao らによって発表された 4.2 K 、 10 T での J c の最高記録の変遷である。上記 3 機関が交互に記録を更新していることがわかる。 Gao らの発表によれば、最近、 J c が 2 倍以上アップし約 7 x 10 4 A/cm 2 に達したとのことであるが、 I c も 100 A を超え、工学的臨界電流密度 J e としても 10 4 A/cm 2 を超えるようになっている。これらの数値は超伝導線材の実用的なレベルに到達したことを意味するものであり、無配向の焼結体組織の線材において実現できたことには、銅酸化物の場合と大きく異なり、鉄系超伝導体の低異方性の特長が現れている。今回の大幅な J c の改善は、線材加工の最終過程で 2 GPa の一軸プレスを行った後に焼成したことで、超伝導コアの空隙が減ったことが大きいとのことであった。 Ma らもこの学会で 4.2 K 、 10 T での J c が彼らのそれまでの報告の約 2 倍にあたる 3 x 10 4 A/cm 2 に達したと報告した。この線材の魅力は銀をシース材に用いていないことである。 Ma 氏によれば、「超伝導コアの不純物を減らす努力を行った結果、今回の J c の改善につながった。まだ J c は上昇中で、 11 月の ISS2013 ではさらに高い値が報告できると思う。」とのことであった。また、熊倉氏も「超伝導コアの密度に加えて純度を上げることが効果的で、金属管に詰める前の粉末調製過程が重要だ。」とコメントしている。緻密さの点では加圧焼成を行っている Weiss らの丸線が勝るが J c では 7 倍程度の違いがある。この原因については、金属管に詰める前の超伝導体粉末の純度の違い、焼成温度の違いによる 122 相の結晶性の差や、一軸プレスやロール圧延の工程がもたらすわずかな結晶配向によるもの、などが考えられているようだ。
  さて、 J c のさらなる改善だけでなく、実用に至るには長尺化技術や多芯化技術が確立されなければならず、さらに他の超伝導線材よりも性能、価格などの何か点で優位性が示されなければならない。鉄系超伝導線材は 4.2 K では 20 T 以上の高磁場まで J c があまり低下しない資質を備えているものの、同様に高磁場まで J c の低下が小さい RE123 や Bi2212 、 Bi2223 の線材と比べてまだ J e として 1 桁以上低い。このように考えると先が険しいように見えるが、臨界電流特性は急伸中であり、まずは性能面から注目を集めていくこと、特に 4.2 K より高い温度での優れた J c - B 特性の報告に期待したい。(JAP)

図 2  鉄系 122 超伝導線材の J c (4.2 K, 10 T) 最高記録の変遷
     (IEE CAS: 中国科学技術院、 NIMS :物質・材料研究機構、 NHMFL :米国国立強磁場研究所 ) [ 物質・材料研究機構、熊倉浩明氏のご好意による ]