SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.23, No.4 August, 2013


鉄系超伝導体線材 ― 臨界電流密度の急速な上昇

_物質・材料研究機構_



 ( 独 ) 物質・材料研究機構の熊倉浩明特命研究員を中心とするグループは、 2013 年度春季低温工学・超電導学会 (2013 年 5 月、タワーホール船堀 ) および第 16 回先進超伝導体に関する日米ワークショップ (2013 年 7 月、オハイオ ) において、 PIT( パウダー・イン・チューブ ) 法で作製した (Ba,K)Fe 2 As 2 (Ba-122) 線材の高い輸送臨界電流密度 J c 値を相次いで報告した。彼らは 10 4 A/cm 2 (4.2 K, 10 T) を優に超える高い値を再現性良く得ており、実用目標である 10 5 A/cm 2 に達するのも時間の問題となってきた。 2008 年に発見された鉄系超伝導体の線材開発がようやく初期段階を抜け出し、いよいよ実用化の段階に入ってきたことを示した成果として注目されている。
  鉄系 PIT 線材では、フロリダ州立大学国立強磁場研究所 (NHMFL) が昨年春 Cu/Ag 二重被覆 Ba-122 線材に CIP( 冷間静水圧プレス ) 、 HIP( 熱間静水圧プレス ) の高圧技術を駆使して ~10 4 A/cm 2 (4.2 K, 10 T) を得、さらに今年の初めに中国科学院電気技術研究所 (IEECAS) が鉄被覆 Sr-122 テープで 1.7 x 10 4 A/cm 2 (4.2 K, 10 T) を達成している。しかし、高圧合成のような高度な技術を用いず、また被覆材としては鉄よりも安定な銀を用いて高 J c が得られれば、そのほうが実用的にはるかに有利なことは明らかである。このような観点から物質・材料研究機構のグループは、最先端研究開発支援プログラム (FIRST) の一環として、銀のみを被覆材とした 122 線材の開発をかねてから進めてきている (SUPERCOM, 22(2013) No.2(April)) 。今回の成果は加工工程の中に、一般的な圧延加工に加えて一軸圧縮を施すことによって得られたものである。一例として図 1 に試作した 7 芯の銀被覆 Ba-122 テープ線材断面と、それに一軸圧縮、最終熱処理を施して得られたテープ材の J c - H 特性 (4.2 K) を示した。一軸圧縮の効果は極めて大きく、この場合 ~3 x 10 4 A/cm 2 (4.2 K, 10 T) の J c 値が再現性良く得られている。なお、単芯テープでも同様の高い J c が得られているという。
  圧縮による J c 向上の原因については現在研究中であるが、圧縮応力による組織の緻密化とクラックの発生方向の変化が大きな要因として考えられている。開発を担当している戸叶一正外来研究員は「かつて Bi-2223 線材についても一軸圧縮が J c 向上に効果があることが報告されたことがある。現象としては類似しているが、鉄系線材ではその効果がさらに顕著に出ているように感じる。圧縮は長尺化には不向きと一般的には考えられがちであるが、繰り返し圧縮により高 J c の Bi-2223 長尺テープが試作されたこともある。また今回得られた知見をもとに圧延加工を工夫することも可能である」と述べている。圧縮の条件などまだ最適条件を把握していない段階なので、今後さらに J c が向上する可能性は十分にある。同グループは、 122 線材が 4.2 K のみならず 20 K 付近の高温まで、優れた磁界特性をもつことを明らかにしており、 Nb-Ti 、 Nb 3 Sn 、 MgB 2 を凌ぐ新たな高磁場発生用線材としての期待がさらに高まった。(Makabo-chan)

        

図 1 (a) 銀被覆 Ba-122 多芯 (7 芯 ) テープの断面 ( 圧縮前 ) (b) 同テープを一軸圧縮、熱処理を施したあとの J c - H 特性。比較のためにフロリダ大学と中国科学院から報告された値も示してある。