SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.23, No.4 August, 2013


アンチモンに金を加えると 8 K の超伝導体に!

  _産業技術総合研究所_



 産業技術総合研究所 電子光技術研究部門 超伝導エレクトロニクスグループ ( 永崎洋グループ長 ) の伊豫彰上級主任研究員と、東京理科大学 基礎工学 部 常盤研究室の大学院生比良浩大氏を含む研究チームは、典型的な半金属であるアンチモン (Sb) に金 (Au) を加えることにより、最高 8.1 K の超伝導体となることを見いだした。この T c は、典型元素を主体とする二元系合金としては Pb-Bi 系の 8.8 K に匹敵するほど高く、後述するように単純立方晶構造 ( a -Po 型 ) の物質としては最も高い値 ( 常圧下 ) である。
  試料は、約 3.4 GPa の圧力を加えた状態で、約 850°C から急冷することにより合成された。試料は、銀白色の金属光沢を持ち、大変脆いため乳鉢などで簡単に粉砕できる。図 1 に粉末 X 線回折法により得られた結晶構造の変化を示す。化学式 Au x Bi 1- x で表したときの Au 置換量 x を増やすに従い、三方晶 ( 図 1(a)) から菱面体晶 ( 図 1(b)) を経て単純立方晶 ( 図 1(c)) へと構造変化する。合成時に加えられた物理的な圧力だけでなく、少量の Au 置換が化学的圧力をもたらし、単純立方晶への構造変化が促されたと考えられる。 

 

図 1 Sb に加える Au を増やしたときの結晶構造の変化。 (a) Sb の結晶構造 ( 三方晶 ) 。 (b)Sb に Au を 9 at.% 加えたときの結晶構造 ( 菱面体晶 ) 。 (c)Sb に Au を 12 at.% 加えたときの結晶構造 ( 単純立方晶 ) 。なお、単純立方晶は、 Au 置換量の限界である約 18 at.% まで保たれる。

 

 図 1(c) に示すユニットセル内に一つの元素しか存在しない単純立方晶構造は、元素では a 型のポロニウム (Po) のみが取り得る極めて希な結晶構造 ( a -Po 型 ) である。歴史を紐解くと、 1960 年代に Sb やテルル (Te) に様々な元素を添加したものを溶融急冷することにより、幾つかの単純立方晶合金が合成されている。その単純立方晶合金の多くは数 K の超伝導を示す。カルシウム (Ca) は約 32~119 GPa の圧力下で単純立方晶が安定化し、その間に T c が 2 K から 20 K へと変化することが知られている。今回得られた T c = 8.1 K は、常圧下での単純立方晶物質の最高値である。なお、 Sb は圧力を加えると単純立方晶にはならないものの 3.9 K の超伝導を示す。図 2 に、 Au 0.15 Sb 0.85 試料の電気抵抗率および帯磁率の温度依存性を示す。 Sb は金属的な電気抵抗率の温度依存性を示し、常圧下では超伝導を示さない。一方、 Au を 15 at.% 置換した試料は、室温で Sb と同程度の電気抵抗率を示し、低温で残留抵抗が大きいものの約 8 K で鋭い超伝導転移を示す。帯磁率測定でも約 8 K に超伝導転移に伴う大きな反磁性が観測された。なお、菱面体晶試料も超伝導を示すが、その T c は約 7 K とやや低い。

図 2 Au 0.15 Sb 0.85 試料の (a) 電気抵抗率、および (b) 帯磁率の温度依存性。


 バンド計算を行った長谷泉主任研究員によると、結晶構造が三方晶から単純立方晶へと変化することによってフェルミレベルにおける状態密度が大幅に増加する。これが、 Au-Sb 系の高 T c の要因の一つであることは間違いないであろう。一方、より奇抜な考えとして、 Sb や Au は電荷スキップ元素 (Au は Au +1 と Au +3 、 Sb は Sb +3 と Sb +5 の価数のみ取り、それぞれ +2 と +4 の価数はスキップされる。 ) であることから、 Au や Sb が引き起こす電荷揺らぎが本系のクーパー対生成に寄与しているという可能性も挙げられるとのことである。
  伊豫彰上級主任研究員は、「もともとこの系は、電荷スキップ元素である Sb を含む新超伝導物質を探索していた時に、金坩堝と Sb が反応してたまたま得られた物質です。関連する物質に関して広く、セレンディピティーも期待しながら探索することで、新超伝導体が発見される可能性がまだまだあると思います。」とコメントしている。
  今回発表された物質は、高価な Au を含むことや上部臨界磁場 H c2 (0) が約 1.2 T と低いことなどから、これ自体が実用材料として役に立つという可能性は低いものの、 Au を他の元素で代替することで T c や H c2 が高まる可能性はある。また、この物質の発見は、電荷スキップ元素を対象とした探索が有効であることを結果的に示したとも言える。今後、様々な電荷スキップ元素を対象とした物質探索が活性化し、その中で高温超伝導が発見されることを期待したい。( ひらひら )