SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.22, No.2 April, 2013


 

鉄系超伝導体線材、実用レベルに迫る!       _ ( 独 ) 物質・材料研究機構_


 2008 年に発見された鉄系超伝導体は、銅系酸化物に次ぐ高い臨界温度 T c と高い臨界上部臨界磁界 ( H c2 ) を有するために、物性研究のみならず応用面からも注目されている。そのため、パウダー・イン・チューブ (PIT) 法による線材の試作が発見直後から行われてきたが、粒間弱結合のために測定される輸送臨界電流密度 ( J c ) が実用レベルには程遠く低い問題があった。しかし、図 1 に示すように、この数年の間に PIT 線材の輸送 J c は急速に上昇して実用レベルに接近しつつある。
  なかでも、最近物質・材料研究機構が発表した高 J c の (Ba , K)Fe 2 As 2 (Ba-122) テープ線材は、銀を被覆材として中間圧延、熱処理という工業規模での生産に即適用できるプロセスを用いているため、実用的にも非常に注目される結果である。
  PIT 線材で弱結合の問題を大幅に改善し、大きな輸送 J c を得たのはフロリダ州立大学国立強磁場研究 所 (NHMFL) のグループが最初といえる。彼らは CIP( 冷間静水圧プレス ) 、 HIP( 熱間静水圧プレス ) の高圧技術を駆使して Cu/Ag 二重被覆 Ba-122 線材の充填密度を上げ、 4.2 K 、自己磁場中で初めて 10 5 A/cm 2 を超える J c 値を得た。一方、中国科学院電気技術研究所 (IEECAS) のグループは銀より硬い鉄を被覆材とすることにより Sr-122 について高い配向度を達成し、磁界中で初めて 10 4 A/cm 2 を超える J c を発表した。しかし、高圧合成のような高度な技術を用いず、また被覆材としては鉄よりも安定な銀を用いて高 J c がもし得られれば、そのほうが実用的にはるかに有利なことは明らかである。
  このような観点から ( 独 ) 物質・材料研究機構の熊倉浩明特命研究員を中心とするグループは、最先端研究開発支援プログラム (FIRST) の一環として、銀のみを被覆材とした Ba-122 線材の開発をかねてから進めてきている。同グループは 2011 年の初頭に丸線材で 1.1 x 10 3 A/cm 2 (4.2 K, 10 T) の J c 値を記録し、銀被覆 PIT 線材が実用的に有望なことをいち早く実証してきた。その後引き続き銀被覆 Ba-122 線材の開発を進めてきた同グループは、圧延、プレスなどの冷間加工と中間的な熱処理とを適宜組み合わせることによって、ち密な欠陥の無い組織が得られ、 J c が大幅に向上することを見出した。この成果は先の 2013 年春季応用物理学関係連合講演会 ( 神奈川工大 ) で発表された。図 2 にその結果の一例を示す。丸線に対し圧延と中間熱処理を繰り返してテープ状にすると J c は段階的に増加し、最終的に 6 倍の向上が得られている。なお、この実験で使用した高品質前駆体は産総研 (AIST) から支給されたものである。さらにこの会議では非公式ながら、繰り返し工程に一軸圧縮を加えるとさらに J c が大幅に向上することを発表した。この一軸圧縮の効果は極めて大きく、既に PIT 線材としては最高の 2.1 x 10 4 A/cm 2 (4.2 K, 10 T) の J c を得ているという。
  開発を担当している戸叶一正外来研究員は「まだパラメータが多くて最適条件を把握していない。今後さらに J c が向上する可能性は十分にあり、実用化の目標である磁場中 10 5 A/cm 2 を達成出来るのもそう遠くはないであろう。プロセスとしては Bi-2223 線材の製造法に非常に近いものがあり、長尺化は難しくない。」と述べている。同グループは、開発した Ba-122 線材について既にハイブリッドマグネットを使った強磁場特性試験、さらに 4.2 K 以上での高温での J c - H 特性の測定なども進めている。その結果、 Nb-Ti 、 Nb 3 Sn はもとより MgB 2 を凌ぐ優れた高温磁界特性をもつことが分かり、液体ヘリウムのみならず冷凍機冷却や液体水素という中温度領域での応用にも有望なことを実験的に明らかにしている。いずれにしても最近の一連の J c 向上は、鉄系超伝導線材の開発が初期の段階を抜け出し、いよいよ実用化の段階に入ってきたことを示している。 (Makabo-chan)

 

 

図 1 PIT 法で作製した鉄系超伝導線材の輸送 J c の変遷。

 

 

図 2  銀被覆 Ba-122 線材の中間圧延、熱処理による J c の向上。最近では一軸圧縮を加えることによって、さらに高い さらに高い 2.1 x 10 4 A/cm 2 (@ 10 T) の記録的な J c 値を得ているという。