SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.22, No.1 February, 2013


 

コラム >   2013 年 “ 年頭のことば ” − 呆け老人の戯言−

物質・材料研究機構 特別名誉研究員 前田 弘

 


 2013 新春−あけましておめでとうございます。
  一昨年、超伝導発見 100 周年、銅酸化物高温超伝導体発見 25 周年を終えて、今、超伝導の研究・開発に新たな転換期を迎えているように思われます。皆様のますますのご活躍を祈念いたします。
  今年は、 Bi 系高温超伝導体の発見からちょうど四半世紀に当たり、 SUPERCOM の新年号に ” 年頭のことば ” を寄稿する機会を与えてくださり、名誉なことと大変うれしく思っています。
  Bi 系高温超伝導体は、発見から四半世紀を経て、液体窒素冷却で I c が 200 A を超える km 級の長尺線材が歩留まりよく製造されるようになり、超伝導送電ケーブルをはじめ、液体窒素冷却で動作する超伝導同期モータで推進する船舶や自動車、さらに磁気分離、変圧器、 NMR 、 MRI 等への応用が展開されています。中でも、超伝導ケーブルはその要にあり、従来の電力ケーブルに比べて 10 倍以上の容量をもち、冷却動力を含めても 50% の省エネルギーが可能と試算され、米国、韓国、ロシア、日本等で実系統に接続され長期の安定送電が実証されています。近い将来、究極の目標である GENESIS 計画も視野に入ってくるように思われます。発見当時の雰囲気からは全く想像できず隔世の感を覚えます。当時、 Bi 系は理論的にも、実験的にも低い J c しか期待されず、使い物にならずとの風評がたち、混迷しましたが、それを我国の多くの研究者が「何事もやってみなければ」の大和魂 ( ? ) で高い壁を乗り越えてしまったのです。今年、喜寿を迎え、研究からも情報からも疎い生活を送っている私も、感慨は一入です。
  従来、超伝導技術は低炭素社会を実現していく際の切り札的存在になっていくものと予測されてきた。それに加えて我国では、 3.11 大震災による原発破壊が起こり、原子力を中心としたエネルギー政策の見直しが緊急課題として持ち上がり、大規模な太陽光発電や風力発電等の再生可能なエネルギーの採用が不可欠な状況になってきています。その際、生み出されるは低電圧の直流です。直流の大電流を低損失で長距離運ぶには、超伝導直流送電が最適で、何としても実現しなければ日本のエネルギー問題は解決しないでしょう。もちろん液体窒素冷却ならば、今でも直流送電は実現可能でしょう。しかし、これを地球的規模で実現するためには、さらさる T c の上昇、願わくば、室温超伝導体の出現が望まれます。
  現在、最高の T c は 164 K 、 Hg 系高温超伝導体 ( 加圧下ですが ) で得られています。これまで、高い T c を目指して多くの人が挑戦し続け、極めて興味ある MgB 2 や Fe 系化合物超伝導体などが発見されてきましたが、残念ながら今のところ T c は液体窒素温度に達していません。私は、もう研究開発からは引退した身ですが、私は、よく夢に見ます「室温超伝導体の出現」をと。夢にうなされ、今までライフワークとして細々と高 T c 材の探索を続けてきたが、釣れるは雑魚ばかり、 2 匹目の泥鰌は何処に? それでも「室温超伝導体は存在するのだ」と信じて楽しんでいます−雑魚もまた楽しからずやの心境で。過去の例を見ますと、大きな発見の多くは、ツキ (Serendipity 、偶然、運 ) に強く依存しているように思えます。だから、素人でも、老人でも発見のチャンスは十分ある筈です、やる気さえあれば。むしろ先入観をもたない頭が真っ白な方が有利なのでは?とさえ思えます。もてる知識や常識が邪魔をしてしまった例をよく耳にします。
  私も、銅酸化物高温超伝導体が出現した当初は超伝導に関しては素人同然でした。その 2 年前 (1985 年 ) に超伝導関連の研究グループのリーダーになったのが超伝導との関わりの初めで、それまでは磁性材料を専門としてきたからです。 Bi 系超伝導体発見の最大の要因は、 2 種類のアルカリ土類元素 (Sr と Ca) を含有させたことにあり、形としては当時の常識「アルカリ土類は 1 種類で十分」を破った素晴らしい事のように見えますが、実は当時、私はその常識を知らず、至って不勉強な研究者だったわけです。それが結果として幸運をもたらしたのですから、皮肉なものです。発見後 Ca の重要な役割が判明しましたが、当初からそれを予測したわけでは決してありません。四半世紀たった今も、知らないことの大切さ、無知になることの重要さをかみ締めています。皆様から、それでもお前は科学者か?とお叱りをうけるかもしれませんね。これまで私は、あまり予備知識なしに研究を続けてきました、急がず我が道を探し求めて。時間はかかるが、意外と楽しい道程でした。その中で Bi 系超伝導体も発見した。幸運としか言いようのない出来事でしたが、一人歩きのゆっくり旅だったからこそ、大きなダイヤモンドを拾えたと思っています。
  今、私が言えることはただ一つ、「所詮、挑戦しなければ夢は夢で終わってしまう。まず一歩を」。進み続ければ、誰にでも、何時の日か神様がその機会を与えてくださるのでは!
  願わくば、私の目の黒いうちに、室温超伝導体出現の大ニュースが SUPERCOM を沸かせる日がきますことを祈って止みません。