SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.22, No.1 February, 2013


 

絶対温度 153 K でのゼロ抵抗状態の実現 

  ― 銅酸化物高温超伝導体の T c はどこまで上げられるのか? ―   

  _ ( 独 ) 産総研・ ( 独 ) 理研_

 


 ( 独 ) 産業技術総合研究所と ( 独 ) 理化学研究所の研究チームは、常圧では最も高い超伝導転移温度 ( T c ) を持つ水銀系銅酸化物高温超伝導体 HgBa 2 Ca 2 Cu 3 O 8+ d (Hg-1223) に対して超高圧力下の電気抵抗率測定を行い、ゼロ抵抗となる温度として 153 K を達成したと報告した [1] 。
  超伝導関連の研究者の大きな関心事の一つに T c の向上がある。固体物理の研究者たちの日常会話では、「これまで観測された最も高い T c っていくらなんだっけ?」と言う問いに対して、「すっごい高圧力下で 164 K らしいよ!」という答えがよく使われた。これは Gao らの結果 [2] を元にしたものである。この測定では電気抵抗の落ち始めの温度 ( オンセット ) を T c として定義している。しかしながら、ゼロ抵抗は、 100 K 付近まで冷却しても得られていないことがわかる。同じ報告の中で常圧ではゼロ抵抗で T c を定義しているのに対して、高圧力下ではゼロ抵抗より遥かに高い温度となるオンセットから定義するのは妥当性に欠けているといえる。他にも同様な実験があるが [3,4] やはり同様にゼロ抵抗は得られていない。ゼロ抵抗は、いわゆる超伝導四原則 [5] の一つであるように、超伝導現象と認定するためには必須である。それにもかかわらず、この最高 T c = 164 K という数字が独り歩きした理由には、超高圧力下という困難な条件下での測定なので、もし仮に理想的な実験が行われれば 164 K でゼロ抵抗が実現するのだろう、という思い込みがあったのではなかろうか。
  今回の報告では、研究チームは試料作製と圧力下電気抵抗測定の双方に大きな注意を払っている。試料は、高圧合成法により注意深く作製されている。これにより均一で、かつ稠密性に優れた試料が得られた。実際、図 1 に示すように、常圧での電気抵抗、磁化測定の結果ともに高品質な試料であることが裏付けられている。圧力下電気抵抗測定には静水圧性に優れたキュービックアンビル型の高圧力装置が用いられた。その結果、 15 GPa までのすべての圧力下でシャープな転移とともにゼロ抵抗状態が観測された ( 図 2) 。

図 1.  磁化、電気抵抗率ともに非常にシャープに超伝導転移していることがわかる。磁化の 110 K 付近の減少分は Hg-1234 相 からのもので、より低い T c を持つことから、今回の測定には特に障害とはならない。

 

 最も高い圧力 15 GPa においては、ゼロ抵抗になる温度は 153 K まで上昇した。これはゼロ抵抗をともなう結果としては、知る限り最も高い転移温度である。この 15 GPa での電気抵抗率を温度で微分した結果を元に ( 図 3) 、 T c をもしオンセットで定義すると 159~165 K となり、これは Gao ら の結果と近い値である。このように、オンセットで定義された T c は、超伝導転移温度の評価としては妥当ではなかった可能性がある。電気抵抗の消失が超伝導現象の確認として必須だとすれば、今回の結果は「史上最高温度での超伝導転移」の有力候補である。今後同様の実験条件でマイスナー効果を確認できれば完全であろう。

 

図 2.  いくつかの圧力点について抜き出した電気抵抗率の温度依存性。加圧によって超伝導転移が綺麗に高温側へシフトしていく様子が分かる。挿入図は最高圧力 15 GPa における転移部分の拡大図。 153 K でゼロ抵抗が得られた。

 

 このように静水圧性に優れた圧力下での測定結果の例としては、毛利・高橋らによるキュービックアンビル型装置での銅酸化物超伝導体に対する膨大な実験結果が既にある [6] 。彼らは Hg-1223 に対するマイスナー効果での観測も行っており [7] 、今回の T c の圧力依存性の結果 ( 図 4) に対しても結果はよく合っている。これに対して Gao らの結果は、それらとは振る舞いが異なり、温度・圧力共に高い値をとる。 T c の定義の違いと測定時の静水圧性の違いが、決定的な差を生んでいると考えられる。正しい T c の圧力依存性の結果は、格子の収縮に対する T c の変化の定量的な検討を可能とする。今後、理論、実験双方の協力体制による進展が期待できそうである。

 測定を行った ( 独 ) 産業技術総合研究所の竹下直主任研究員は「加圧によって T c が上昇すること自体はこれまでと同じだが、今回 T c をゼロ抵抗で定義したことで曖昧さが排除され、 T c が上昇するメカニズム等の議論を深めることに繋がると思う。また、あまり参照されない毛利、高橋らの結果が定量的に正しかったということが示せて良かった。今後も高圧力の特性を活かした研究を通じて超伝導の研究に貢献していきたい。」とコメントしている。 ( 夏葉 )

参考文献:

[1] N. Takeshita, A. Yamamoto, A. Iyo, and H. Eisaki: J. Phys. Soc. Jpn 82 (2013) 023711.

[2] L. Gao, Y. Y. Xue, F. Chen, Q. Xiong, R. L. Meng, D. Ramirez, C. W. Chu, J. H. Eggert, and H. K. Mao: Phys. Rev. B 50 (1994) 4260.

[3] C. W. Chu, L. Gao, F. Chen, Z. J. Huang, R. L. Meng, and Y. Y. Xue: Nature 365 (1993) 323.

[4] M. Monteverde, C. Acha, M. Nunz-Regueiro, D. A. Pavlov, K. A. Lokshin, S. N. Putilin, and E. V. Antipov: Europhys. Lett . 72 (2005) 458.

[5] S. Tanaka: BUTSURI 42 (1987) 560 (in Japanese).

[6] H. Takahashi and N. Mori: Study of High Temperature Superconductors (Nova Science Publishers, Inc., Commack, New York, 1996) Vol. 16, p. 1.

[7] H. Takahashi, A. Tokiwa-Yamamoto, N. Mori, S. Adachi, H. Yamauchi, and S. Tanaka: Physica C 218 (1993) 1.