SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.22, No.1 February, 2013


 

平成 25 年春:ヘリウム不足の諸問題と今後の課題

 


 このところ毎年、 MR( 核磁気共鳴診断 ) 装置の通常製作、通常運転以外で、少なくとも 10 万?程度の液体ヘリウムが大気に捨てられているのはご存知だろうか。少なくともと言うのは、 MR1 台当たりの液体ヘリウム貯蔵量が 1000 ?から 2000 ?程度で、廃棄や置き換えのために昇温してしまう MR が、少なくとも年間 100 台程度あると聞いているので、単純に過少積算すると 1000 [ ? / 台 ] × 1 00 [ 台 ] = 10 × 10 4 [ ? ] となる。おそらくこの数倍になることはあっても数分の一になることはあるまい …… とはある事情通氏の言である。ちなみに消磁方法は、安くて早い故に強制クエンチが多いそうだ。回収はできない …… 。 
  20 年ほど前の MR を承知しておられるお歴々には、「内容量はもっと少ないのではないか?」と訝しく思われる方もいらっしゃるかと思う。が、 10 年ほど前 (2000 年前後 ) から MR は世代交代し、低蒸発から無蒸発へ、鉄シールドからセルフシールドへ移行している。撤去時にほぼ満タンであるのは無蒸発であることに依る。また内容量が多いのはこのセルフシールドのコイル構造に依る。
  という話はさておき、問題は、 2012 年 7 月以降、今なお続くヘリウム不足である。今後の見通しも本年 5 月末までは現状が続き、最悪は夏までか…との噂がある。この“夏”はヘリウム流通の鬼門である。米国のヘリウム製造所の定期検査が入り、日本の需要家は 9 月中旬までの供給不足に毎年苦しめられてきた。
  眼の前の成り行き予測としては、既に「飢餓」状態はゆっくりと侵襲しているようだ。安定供給を受けてきた MR や NMR にも He 消費の「口減らし」のための停止事例が出始め、ヘリウム不足のために次年度 (2013 年度 ) へ繰り越した研究補助金の「時限」が気になり始めるだろう……とは一部の切実需要家の声である。さらに追い討ちを掛けるのが「値上げ」で、全国的規模でヘリウムの不足感と貴重資源視が行きわたったところで、大幅な値上げが予定されている……とは一部のガス商社の声だ。
  前出の切実需要家氏や事情通氏は言う。「真の大口需要家が悲鳴を上げれば、何処からか He が湧いてくるかもしれない」と。その根拠は?と正すと、こんなグラフからそれを読んだという。

  図 1. 世界および米国のヘリウム年生産量 ( 左目盛り ) と米国生産割合 ( 右目盛り ) の推移

 

 このグラフは“ HELIUM STATISTICS U.S. GEOLOGICAL SURVEY ” Last modification: December 13, 2012 Compiled by T.D. Kelly (retired), D.I. Bleiwas, and N. Pacheco [U.S. Bureau of Land Management (BLM)] (retired), and P.J. Madrid (BLM). のデータを基に作図されている。これを眺めると、米国は生産量を落としているが世界の生産量は増えていることが判る。実際、上のデータを見る限り米国以外の生産量が増えており、世界総生産量はこの 30 年間上昇傾向にある。
  すなわち世の何処かには生産されたヘリウムがあり、誰かがそれを使っている。商品としてのヘリウムの存在が明らかなら「高価買取」の策が考えられ、切実度が増せばそれに見合ったヘリウムは日本に来る……ということだ、と両氏は言われるのだ。しかし金があれば買える? 市場原理だけでそうなるのか? 外交的動きも必要なのではないか? そのあたりが気にはなる
  しかしそもそも、我が国はどれだけヘリウムを必要としているか……である。
  局所的にそれを示すであろう統計データはある。ヘリウムの国内販売量と仕向け先統計がそれで、日本産業・医療ガス協会 産業ガス部門から「ヘリウム生産・販売実績[ 5 年間 (2008 年 ~2012 年 ) ]」が公表されている。また岩谷産業が自社の「ヘリウム事業」への取り組みを紹介したものが、ヘリウム生産の国際情勢を含めて紹介されている。
  これらだけから我が国のヘリウム必要度合いを推量るには多少無理がある。すなわちこれらは販売統計であり「回収・再利用」の分がここには出てこないのだ。短期的な回収や再利用は、時間的ズレはあっても販売統計で十分だろう。しかし完全な閉サイクル利用や大量の回収・再利用は「依存度」を検討するのに必要な統計データなのである。
  安定的に液体ヘリウムを必要とする施設で実施しているヘリウムの「回収・精製・ガス貯蔵・液化・液体貯蔵」のサイクルもまた「準閉サイクル利用」なのだ。しかしそこで利用される年間のヘリウム量は、個々にはあっても全施設の統計は出されていない。しかしそれをまとめる足掛かりとなる情報はある。熊本大学衝撃・極限環境研究センター極低温装置室がまとめている「全国のヘリウム液化システム (2008 年 6 月版 ) 」というのがそれであり、この連絡網を使って逐次データを収集すれば初めの一歩にはなる。
  現金出納と同じ考えでヘリウムについて見なければ現状は判らない。タンス預金量を知らなければならないのだ。真のヘリウム必要度合いも、今感じる危機は本当に危機なのか、危機であればどの様な危機で、短期・中期・長期的に何をすれば危機は解消できるのか、それを検討する材料として、まずはヘリウム出納簿が必要となるのだが、現金とは違ってヘリウムの場合は支出=大気放出なので、「ヘリウム購入量−保有量=大気放出量」から算出されることに注意しなければならない。
  それにしても、現在の総タンス預金量が掴めなければヘリウム必要度合いの行政判断は出せない。早急に国や使用者団体でそれを掴み、回収・再利用の成果を具体化できる体制を整え、次の一手として「脱ヘリウム」の前に「省ヘリウム」政策に手を付けなければならない!……とは先のご両名の言である。少々解り辛かったが、もっともと思う。
  省ヘリウムのための課題は、技術開発面ではさほど難しいものはなく、むしろ難問は国の政策の方にある。ちなみに脱ヘリウム政策で上げられた開発・研究補助は様々あるが、確かな成果が出るにはまだ少し時間を要する。それに対し省ヘリウム政策については具体的なものが見当たらない。省ヘリウムのための技術的課題はほとんど出来上がっているからかもしれない。その援助・補助はまずは省ヘリウムのための設備導入に補助金を出す。具体的には、ヘリウム消費機器への冷凍機搭載、各回収・再利用設備の新設、改造、補修などへの補助金の支給である。そして難問は……「高圧ガス保安法」の、ヘリウムに関連した条項の規制緩和を伴う法整備である。これなしで省ヘリウム機器を全国に広めることはできない。
  いろいろ取材して、眼の前のヘリウム使用者の反応が気になった。危機認識はゆっくりとしか伝播していないと感じる。しかし確実に進行しているのも確かなようだ。まったくヘリウムが入手できなくなった訳ではなく、そこそこのヘリウムは入荷している点も考慮すべきことだ。少ないヘリウムをどの様に分配するかは、産業ガス業界の自主判断に任されている。昨年暮れの 12 月 27 日に経産省から産業・医療ガス協会へ「ヘリウムの流通の安定化について」という文書が出ている。適切な在庫管理と分配の公平性についても触れている。そろそろ「悲鳴」が聞こえてきているのかもしれない。しかしまだ声が小さい。イベント会場に風船が揚がらないのも問題だが、科学技術面での国難とも思える。 (Sc System Sniper)