SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.21, No.5 October, 2012


 

<解説> 第二部 日本の電力網の現状と超伝導直流送電導入

みずほ情報総研・サイエンスソリューソン部 石原範之

中部大学・人文学部 桃井治郎

中部大学・超伝導センター 山口作太郎

 


  この記事は SUPERCOM8 月号に掲載された「第一部 ヨーロッパの電力網の紹介」に続く記事であり、「中部大学と科学技術振興機構 ( JST ) の 2011 年度に行われた共同研究「高圧直流超伝導送電の社会実装に関する調査研究」の報告書要約である。今回は第二部として、「日本の電力網の現状と超伝導直流送電導入」と題して、現状の問題点や最近の政府の政策及び将来の超伝導直流送電導入についての議論を述べる。

日本の電力網の現状

 日本の電力供給は、基本的には地域ごとに電力会社がその地域で必要とされる電力需要に応じて発電し、電力供給を賄っている。その地域では賄いきれない一時的な状況 ( 設備事故、自然災害、天候等により負荷の大幅な変動 ) でおいてのみ各事業者 ( 電力会社 ) 間調整を通じて電力融通を行っている。この中で直流送電は主に海底ケーブルによる送電と周波数変換所で利用されている。
  海底ケーブルは北海道 - 本州、四国 - 関西の連携に利用されている。海底ケーブルによる送電を行う場合交流を使用するとケーブルの静電容量が大きくなるので、無効電力が多くなり、十分な送電容量が確保できない、そのため直流により送電が行われている。また、日本は東地区の電源周波数が 50 Hz 、西地区の電源周波数が 60 Hz になっている。異なる周波数地区間の電力融通を行うため、 3 箇所の周波数変換所 ( 新信濃変電所、佐久間変電所、東清水変電所 ) がある。周波数変換器には電流型変換器 ( 多励式変換器 ) が用いられている。 60 Hz の交流電力は一旦直流に変換され、再び 50 Hz の交流電力に変換される。短い距離ではあるが周波数変換所で直流送電が行われている。

 

以下に日本の代表的な直流送電である「北海道本州直流連結設備 ( 北本連携 ) 」と「紀伊水道直流連携設備」の概要を示す。

 

「北海道本州直流連結設備 ( 北本連携 ) 」

 北海道本州直流連結設備は函館と上北を結ぶ海底ケーブル 43 km と架空線 124 km で構成された直流連携設備である ( 図 1) 。 1979 年に運転を開始し送電容量は 60 万 kW である。高電圧送電では送電損失が小さくなるため、双極 250 kV 、 1200 A の構成で送電が行われている。このため、 3 本のケーブルが敷設され、アース線は断面積が小さくなっている。 2012 年に船舶のいかりで海底ケーブルの 1 本が損傷したが、現在は修復されている。より多く海底送電が行われているヨーロッパではこのような事故が頻繁に生じると報告されている。一方、交流の場合は 1 本が破損しても送電が出来なくなるが、直流送電の場合1本の破損でも送電が可能である場合があり、メリットとなろう。

    図 1  北本連系ルート図

 

 

「紀伊水道直流連携設備」

 紀伊水道直流連携設備は四国の阿波と由良を結ぶ海底ケーブル 50 km と架空線 50 km で構成された直流連携設備である ( 図 2) 。 2000 年に運転を開始し送電容量は 140 万 kW で、 500 kV で送電されている。ケーブル布設は海底を 3 m 堀り、地中に設置されている。これによって、船舶からのいかりや漁船の地引き網などからの損傷を避けている。紀伊水道は船舶の交通量が多く、漁業も行われているので、布設工事は専用海中布設ロボットを開発し、 10 日以内という極めて短い工期で海中ケーブルの布設が行われた。

   図 2  紀伊水道直流連携設備ルート図

 

 将来の電力網を考える場合出力が不安定な再生可能エネルギーを如何に取り込むかが大きな課題である。日本の再生可能エネルギー利用の現状を簡単に述べる。
  日本の風力発電の設備は中国、米国の 1/20 程度 (2010 年 ) と少ない。北海道や東北は風況が良好で、大規模な土地の確保が容易なため風力発電の適地であるが、電力の消費地である首都圏とつなぐ系統の容量が小さく導入拡大が進んでいない。今後北海道を本州と太い幹線で接続することによって、北海道での風力発電の安定利用を促進することができる。また、太陽電池は固定価格買取制度の開始で住宅への導入や、メガソーラー計画に伴い導入量が増えてきているが、電力全体に占める割合は風力発電を含めても約 1% と少ない。
  以上のように、現在日本の再生可能エネルギー利用は少ないが今後導入の増加が推進されているため、電力線の幹線を整備し、電力の広域連係による電力調整により電力系統安定化が期待される。 また、欧米では不安定な再生可能エネルギーを取り込むための広域的な電力融通が電力市場を介して利用されている。日本では電力を取引する場として日本卸電力取引所があるが、国内の消費電力量に対する取引所取引の比率は約 1% にとどまっており、取引量はヨーロッパ等に比べて極めて少なく、卸電力市場のルール整備も今度の課題である。

 

最近の日本政府の施策について

 日本の電力網の再整備については、 2011 年 3 月の東日本大震災と福島原発事故を受けて議論が活発化している。
  政府レベルでも、経済産業省・資源エネルギー庁の総合資源エネルギー調査会が 2012 年 2 月から電力システム改革専門委員会を開き、 50/60 Hz の連系線の増強を含めた将来の電力網のあり方について検討した。同委員会において、連系線増強については、電力中央研究所が報告を提出し、電力予備率 3% の確保のため、東西連系の FC 容量の現状 (120 万 kW) から 90 万 kW 程度の上積みを前提とした既設 FC サイトの増強や日本海方面新規連系など 5 つの案に関する技術的な検討が行われた [1] 。また、送電工事費用については、監査法人トーマツが上記の 5 つの案に関して工事費用の試算をしている ( 表 1)[2] 。なお、同報告においてトーマツは送電網 敷設 コストも試算している ( 図 3) 。
  なお、連系線増強で大きなコストを占める変換所導入費用については、中部大学・ JST 共同研究の報告書内で、従来の国内価格に比べて格段に安価な見積もりを ABB 社が提供しており、その工期の短さとともに、今後検討すべき内容である。

 

                     図 3 交流送電線および直流送電線の敷設費用試算

 

 

                            表 1 連系線増強費用についての費用および工期試算

 

 なお、経済産業省・資源エネルギー庁の同委員会は、 2012 年 7 月に最終とりまとめを発表し、送配電分野の改革として、公平性と中立性の徹底を基本原則とし、発送電の機能分離または法的分離を提言している [3] 。今後、発送電分離および電力網整備に関する議論は具体的な検討の段階に入り、来年の通常国会において、発送電分離や中立機関の設置などを含めた電気事業法改正案が提出される見通しである。ただし、電力各社は基本的に民間企業であり、国が電力会社の経営にどこまで直接的な介入を及ぼし得るのか、課題も多い。
  さらに、これまでは電力会社の独占的事業であったと言える送電網の整備に関して、新たな動きも始まっている。 2012 年 8 月、政府は官民で 3000 億円基金をもとに特別目的会社を設立し、送電線の新設を進める計画を発表した [4] 。同基金は、特に北海道や東北など風力発電の適地への送電網の整備を目指したものである。電力会社による地域独占体制が整備されて以来、国が送電網の整備を支援するのは初めてのことだという。
  いずれにせよ、電力会社の地域独占という戦後の電力システムは大きな変革を求められているのは確かである。数年前であれば、直流 ( 超伝導 ) 送電の社会実装という論点は議論の対象にさえならなかったであろうが、現在は国民生活にとって喫緊の課題となっている。技術的・経済的・社会的観点から開かれた議論を継続することが求められる。

 

超伝導直流送電の導入

 第一部でも書いたように、ヨーロッパでは再生可能エネルギーを最大限導入するに広域連携を行っていて、長距離送電や海を渡っての送電も必要になるため、直流送電の導入が行われている。直流送電は送電ロスを最小限にすることや電力網での事故を他の電力網に伝搬させないので、導入が広く進んでいて、今後の増強が予定されている。この特長は日本でも当然生かすことができる。
  前節までで述べたように、日本の電力会社間の電力融通は大きくなく、電力網はそれぞれの電力会社でほぼ閉じるような運用がされてきた。このため、再生可能エネルギーの利用は広域連携ではなくて、二次電池を利用した安定化などの研究開発が進められてきた。電力会社間の電力融通を長距離送電によって大きくすると、再生可能エネルギーだけでなく既存の火力発電所や水力発電所の設備利用率や効率改善などにつながる。日本では今まで電力会社間をまたがる広域連携がほとんど行われてこなかったので、直流送電を本格的に導入すれば、ヨーロッパ以上にメリットが大きいと思われる。
  さらに、日本では周波数が 50 Hz( 東日本 ) と 60 Hz( 西日本 ) で分かれていて、ヨーロッパ (50 Hz) や米国 (60 Hz) のように単一周波数で送電網が作られていない。このため、周波数が異なる地域をまたがって送電を行うために今までは周波数変換所が建設されてきた。一方、直流送電は「交流を一度直流に変換し、送電を行い、再び直流を異なった周波数の交流に変換する設備」であるため、直流送電は基本的に周波数変換所の設備に送電線を接続したことになる。このため、日本での直流送電導入はヨーロッパや米国以上のメリットがあるはずである。

 さて、限られた予算内で日本の電力網の新たな建設や整備を行うためには、設備や工事を安価に仕上げるだけでなく、各種法規制を満足する必要がある。架空送電線を建設するには、下記の 18 の法規制をクリアする必要がある。 電気事業法関係* , 航空法関係 , 電波法関係 , 自然環境保全法 , 自然公園法 , 都市公園法 , 都市計画法 , 森林法 , 農地法 , 砂防法 , 地滑り等防止法 , 道路法* , 河川法 , 海岸法* , 文化財保護法 , 鳥獣保護法 , 環境影響評価法* , 種の保存法*である。 なお、*印は高速道路に地中送電線を埋設する場合に係わる法規制であり、全部で 5 つと大きく減る。
  このため、日本では架空送電線を新たに建設するには多くの地権者の同意を取り付けることも相まって、極めて長い時間が必要である。このような状況はヨーロッパでも同様であり、実質的に新しい送電線を短い期間で建設することは極めて困難と聞いている。
  このような事態を回避するアイデアとして、高速道路や線路に沿った送電線の地中化がある。例えば、高速道路に埋設する例を図 4 に示す。図中にケーブルを埋設する場所を示した。 橋桁下やケーブルトレイ、サービストンネル及び歩道や盛り土部分への直接埋設なども想定される。 これ以外にも設置場所は複数あろう。また、 高速道路は日本各地に延びている上に地権者が少数で明確であるため、導入交渉も行い易いであろう。この状況は鉄道路線に導入する場合もほぼ同じである。

             図 4  高速道路に設置した場合(四角や濃い灰色の断面でケーブル部を示す)

 

 送電線の地中化は大都市では広く行われているが、一般に架空線より高価と言われている。架空線では鋼芯アルミ裸線が使われることが一般的である。安価なアルミを利用し、強度を補強するために中心部に鋼芯を入れてある。そして、導体表面には電気絶縁を行わないため、裸線とも呼ばれる。通電によって発熱するが、電気絶縁物で被覆してないため空気によって直接冷却される。一方、地中に設置するには導体を電気絶縁する必要があり、導体は厚い電気絶縁物で覆われている。これは、送電線の高い電圧に耐えため、数百 km に渡ってピンホール一つもない。このため、絶縁電圧が高くなるとケーブルは急に高価になる。さらに、一般に電気絶縁物の熱伝導率は低いため、電気絶縁部表面を空冷しても内部の導体温度はあまり下がらない。また、地中に設置するため空気が循環することによる冷却の効果も少ない。このため、通電電流は架空送電線よりかなり下がるため、導体部分も高価になる。そして、地中ケーブルでは、高電圧利用が制限される。
  以上の状況で超伝導ケーブルの導入のメリットを考える。最初に、超伝導ケーブルは低温冷却の必要があるため、裸線は使えない。超伝導では直流電気抵抗が完全にゼロになるため、高電圧を利用する必然性が低い。これはケーブルだけでなくて、直流と交流を変換する電力変換器のコストに大きく関係する。一般に、電力変換器コストは電圧が低いと安価になる。また、最近開発が進んでいる電圧型電力変換器では、半導体素子に IGBT が利用され、多端子電力網の構築が可能になるが、サイリスターを利用する電流型電力変換器に比べてケーブル電圧は下がる。つまり、超伝導ケーブルを導入すれば電力変換器コストが低減され、電力変換器機能を向上させることが可能になる。距離が 200 km 以下であれば、電力変換器コストは送電システム全体コストの半分以上を占めるため、この特長は導入理由として重要である。
  もう一つの特長は電力送電密度が高いため、ケーブルが小型になることである。これは交流超伝導ケーブル導入に当たっても最も重要な特長として言われてきた。しかし、交流超伝導ケーブルに比べて、直流超伝導ケーブルは数倍から一桁近く電力送電密度を高くできる。したがって、地中の送電線路がよりコンパクトになる。縦横 1 m ほどの線路があれば、数 GW の送電も可能になり、工事費の節約につながろう。さらに、交流損と言われる超伝導ケーブルシステムの発熱がほとんどないため、現状では冷凍機能力は半分以下になり、冷凍循環系コストを大きく下げる。
  このような直流超伝導送電の特長は世界広く利用できるため、日本での開発と導入を進めれば、日本の重要なインフラ輸出産業になることが期待できよう。

 

謝辞

 本調査研究には国内外の多くの関連機関の皆様から多大なご協力をいただいた。特に、ヨーロッパの調査は ABB 社に負うことが多い。以下に記して、深く感謝申し上げたい。 ( 以下、敬称略、五十音順 )
  ABB 株式会社、 Enel 社、 J-Power ( 電源開発株式会社 ) 、 REE 社、 Tennet 社、一般社団法人日本卸電力取引所、学校法人中部大学、学校法人明治大学、株式会社クリハラント、株式会社シーテック、株式会社東芝、株式会社前川製作所、株式会社三菱総合研究所、関西電力株式会社、住友電気工業株式会社、独立行政法人科学技術振興機構 ( JST ) 、みずほ情報総研株式会社、三菱電機株式会社

 なお、中部大学と科学技術振興機構 ( JST ) の 2011 年度に行われた共同研究「高圧直流超伝導送電の社会実装に関する調査研究」の報告書を入手したい方は中部大学・超伝導センターにお問い合わせ下さい。

【参考文献】

[1] 経済産業省・資源エネルギー庁総合資源エネルギー調査会総合部会電力システム改革専門委員会 ( 平成 24 年 3 月 26 日 ) 、「参考資料 1 :送電線工事費用と期間に関する考察 ( 有限責任監査法人トーマツ ) 」 (http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/sougou/chiikikanrenkeisen/003_s01_00.pdf)

[2] 同上 ( 平成 24 年 3 月 26 日 ) 、「参考資料 2 :連系線増強の技術的実現可能性検証報告書 (( 財 ) 電力中央研究所 ) 」

(http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/sougou/chiikikanrenkeisen/003_s02_00.pdf)

[3] 同上 ( 平成 24 年 7 月 ) 「「電力システム改革の基本方針」について」 (http://www.meti.go.jp/committee/sougouenergy/sougou/denryoku_system_kaikaku/pdf/report_001_00.pdf)

[4] 日経新聞 2012 年 8 月 22 日付け記事