SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.21, No3 June, 2012


 

イリジウム鎖の化学結合切断で現れる超電導            _岡山大学_

 


  岡山大学大学院自然科学研究科の卞舜生特任助教らのグループは、イリジウム三角格子からなる層状化合物 IrTe 2 に形成されたイリジウムの分子状鎖が、わずか 3% の白金の添加で切断され、臨界温度 3.1 ケルビンの超電導が現れると発表した。この成果は、日本物理学会英文誌 (Journal of the Physical Society of Japan) 5 月号に注目論文として掲載された [1] 。
  1986 年、スイスの物理学者ベドノルツとミュラーが銅酸化物における高温超電導を発見し、 1987 年のノーベル物理学賞を受賞した。銅酸化物の母物質は、銅イオンの持つ磁気モーメント ( スピン ) が互い違いに規則的に配列した反強磁性体と呼ばれる磁石である。この銅酸化物に別の元素を添加すると、あたかも氷が融解するように、磁気モーメントの配列がバラバラに融解し、高温超電導状態が現れた。鉄系超電導体や重い電子系超電導体でも、磁気的な秩序状態 ( 磁石 ) を融解すると同様に超電導が現れることが明らかになった。しかしながら、この「磁石の融解」による超電導の臨界温度は水銀系銅酸化物における 150 ケルビンで頭打ちになっている。
  今回、岡山大のグループによって発見された IrTe 2 の超電導は、磁石の融解ではなく、分子配列の融解 ( 化学結合の切断 ) によって発現する。 IrTe 2 は、イリジウム原子が規則的に配列して三角格子を形成する層状化合物で、室温での Ir の原子配列は正三角形である。ところが、約 250 ケルビンまで冷却すると、 Ir 原子が b 軸方向に化学結合を形成し、分子状の Ir 鎖ができあがる。このとき、化学結合が形成される b 軸が縮み、格子は正三角形から二等辺三角形へ変化する。岡山大グループは、 Ir の一部をわずか 3 %の Pt で置換すると、 Ir 鎖の全ての化学結合が切断され、そのきわで臨界温度 3.1 ケルビンの超電導が現れることを発見した。
  著者らは、 Pt を添加する前の IrTe 2 における Ir-Ir 間の化学結合の形成が、 Ir の t 2g 軌道の軌道秩序によるものであると予想している。すなわち、 t 2g 軌道に含まれる d xy , d yz , d zx 軌道の一つ ( 例えば d yz だけ ) を電子が選択的に占有することで、軌道が規則的に配列し、軌道の電子雲が伸びる b 軸方向にだけ化学結合が形成されるというものである。このような軌道の規則的な配列は、銅酸化物の母物質に見られたスピンの規則的な配列に類似するもので、これらの配列がバラバラになったところで超電導が発現することも互いに類似している。銅酸化物高温超電導体では磁気的揺らぎがクーパー対形成の糊となったが、 IrTe 2 では軌道揺らぎが、糊の役割を果たしているかもしれない。
 グループを率いる野原実教授は、「今後、軌道秩序や軌道揺らぎの実験的検証が必要である。」としつつも、「スピンの持つ磁気的なエネルギーに較べて化学結合のエネルギーは一桁程度高いので、化学結合の切断によって現れる超電導の臨界温度は、スピンをバラバラにして現れる高温超電導体の臨界温度よりも一桁程度、高くなる可能性がある。」とコメントしている。また、東京大学大学院新領域創成科学研究科の溝川貴司准教授は、「 2008 年に発見された鉄系超電導体においても軌道揺らぎによる超電導が議論されている。 IrTe 2 における三角格子の超電導と、鉄系における四角格子の超電導の比較から、鉄系における超電導発現機構に関する手がかりが得られるかもしれない。」とコメントしている [2] 。
  最後になるが、同時期に、韓国浦項 ( ポハン ) 大と米国ラトガース大のグループが Pd を添加した IrTe 2 の超電導を報告している [3] 。国内グループのさらなる健闘を期待したい。 ( 井蛙 )

 

 

 

図 1 . (a) 銅酸化物や鉄系超電導体の物性相図。スピンの規則配列を融解すると超電導が発現する。 (b) イリジウム化合物 IrTe 2 の物性相図。化学結合の配列を融解する ( イリジウム鎖の化学結合を切断する ) と超電導が発現する。

参考文献

[1] S. Pyon, K. Kudo, and M. Nohara, J. Phys. Soc. Jpn. 81, 053701 (2012).

[2] T. Mizokawa, JPSJ Online - News and Comments [May 11, 2012].

[3] J. J. Yang et al. Phys. Rev. Lett. 108, 116402 (2012).