SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.21, No3 June, 2012


 

世界初、 MgB 2 超電導ポンプシステムによる液体水素移送試験に成功     _九州大学、京都大学、 JAXA _


 九州大学・京都大学・宇宙航空研究開発機構 (JAXA) は共同で、 MgB 2 線を用いて製作した超電導モータと超電導液面計の液体水素での正常動作を確認し、さらにこれらを組み合わせた MgB 2 超電導ポンプシステムで、充填容器からガラス製の別容器へ液体水素を移送することに世界で初めて成功した。本成果は、 5/14~18 に福岡国際会議場 ( 福岡市 ) で開催された ICEC24-ICMC2012 (24th International Cryogenic Engineering Conference and International Cryogenic Materials Conference 2012) にて講演発表された。
  近未来の水素エネルギー社会における水素の運用形態として主に、常温下での圧縮ガスおよび極低温下での液化ガスがある。国内では、圧縮水素ボンベを搭載した燃料電池自動車を 2015 年から市場へ本格導入する計画であり、日本各地で水素供給ステーションの建設が進められている。
  近未来の水素エネルギー社会における水素の運用形態として主に、常温下での圧縮ガスおよび極低温下での液化ガスがある。国内では、圧縮水素ボンベを搭載した燃料電池自動車を 2015 年から市場へ本格導入する計画であり、日本各地で水素供給ステーションの建設が進められている。また、 H-IIA ロケットに代表される衛星打ち上げロケットでは液体水素を推進剤として利用しており、国内の様々な水素消費産業でも液体水素コンテナからの高純度水素ガスを還元剤として利用している。水素は最も軽い元素であり、燃料電池自動車用として想定される常温で 700 気圧の水素ガスよりも、大気圧の液体水素の方が密度は大きいため、特にその貯蔵や輸送の際には液体水素の方が優位となる。一方、 2001 年に発見された二ホウ化マグネシウム (MgB 2 ) 超電導体は液体水素中で電気抵抗ゼロの超電導状態となり、その線材化、長尺化、高性能化が着実に進展している。そこで、 MgB 2 線を用いた液体水素の簡便かつ有効な利用基盤技術の確立を目指して、新エネルギー・産業技術総合開発機構 (NEDO) の平成 20 年度第 1 回産業技術研究助成事業「二ホウ化マグネシウム超電導線材を用いた液化水素用液位センサおよび送液ポンプの要素技術開発研究とそのシステム化研究」 ( 平成 20~24 年度 ) が実施された。
  まず、 MgB 2 線を用いて製作した超電導モータを大気圧下の液体水素 ( 沸点約 20 K) 中に浸漬冷却し、インバータ駆動により最大 1,800 rpm の回転試験に世界で初めて成功した。この超電導モータは、 MgB 2 線を無酸素銅製の治具内に配置して半田接続したかご型回転子と、従来の銅巻線からなる固定子を組み合わせた構造となっている。本構造は、研究分担者の 1 人である京都大学大学院工学研究科の中村武恒准教授が提唱しているもので、誘導モータの構造でありながら高温超電導誘導/同期機 (HTS-ISM) の実現による低損失な同期回転が可能となる。試験は、 MgB 2 モータを配置した極低温容器に液体水素を注液した後、無負荷試験を実施した。インバータの駆動周波数を 60 Hz に固定し、入力電圧を 0 V から 200 V まで徐々に増加したところ、約 70 V で回転数が 1,800 rpm まで急速に上昇した。これは、かご型回転子に用いた MgB 2 線が約 300 A の臨界電流をもつことに相当する。次に、インバータを用いて 20~60 Hz の周波数範囲で MgB 2 モータを駆動し、 600~1,800 rpm の範囲で正常に回転することを確認した。
  次に、線径が異なる 2 種類の CuNi シース MgB 2 線を用いた超電導液面計を製作し、極低温容器への液体水素の充填および排出に伴う液面位置 ( 液位 ) を連続的に計測することに成功した。現在、液体水素用液面計として、静電容量を利用した連続式のものが既に市販化されているが、密度自身が小さい水素の液相と気相の間に誘電率の差がほとんどなく、かつ測定毎に再較正が必要なため、通常は、測温抵抗体を鉛直方向に複数個配置した離散的な液面の計測方法が用いられている。今回、線径が 0.0925 mm と 0.155 mm の 2 種類の MgB 2 細線をベークライト製のパイプ内に中空配置した超電導液面計を製作し、 150 mA と 300 mA の最適電流をそれぞれ通電した。通電に伴い常電導部が自動的に生じるためヒータ線は付設していないが、液体水素の液位を連続的に計測することができた。
  さらに、前記の超電導モータと超電導液面計を組み合わせた MgB 2 超電導ポンプシステムを構築し ( 図 1) 、充填容器からガラス製の別容器へ液体水素を移送することに世界で初めて成功した。 MgB 2 モータの下端側のシャフトにインペラ ( 羽根車 ) を取り付け、その周囲をケーシングすることにより遠心ポンプを構成した。インペラ付きの MgB 2 モータを設置した充填容器とガラス製容器を有効内径 10 mm のトランスファーチューブを用いて接続すると、充填容器を加圧することなく MgB 2 モータの回転だけで液体水素を移送することができる。 2 本の MgB 2 液面計は充填容器およびガラス製容器内の液体水素の量をそれぞれ計測するだけではなく、 MgB 2 モータの回転制御にも使用した。まず、インバータ駆動により周波数一定で MgB 2 モータを回転した結果、 30 Hz(900 rpm) 以上で液体水素を移送することができた。駆動周波数を増加して回転数を大きくしていくと送液量もほぼ直線的に増加し、 60 Hz(1,800 rpm) で最大約 6.5 リットル毎分の液体水素移送に成功した。これは、同一システムを液体ヘリウムで事前検証した際に得られた送液量約 7 リットル毎分 (1,800 rpm) にほぼ一致した。次に、自作したプログラムによる自動送液試験も実施し、送液開始ボタンを押すだけで MgB 2 モータが回転し始め、 MgB 2 液面計の出力を確認しながら予め設定した目標値まで液体水素を充填した後に、モータを自動停止することにも成功した。液体水素の移送の様子は、ガラス製容器に設けたスリットを介して内部を撮影したネットワークカメラにより、映像が記録された。
  なお、液体水素を用いた試験は、研究分担者の 1 人である JAXA 研究開発本部ジェットエンジン技術研究センターの小林弘明研究員が所属する能代ロケット実験場 ( 秋田県能代市 ) にて 3 月中旬に実施された。また、本研究で使用した MgB 2 線は全て、 ( 株 ) 日立製作所日立研究所により提供された。研究代表者を務めた九州大学超伝導システム科学研究センターの柁川一弘准教授は、「今回の液体水素を用いた一連の試験で感じたことは、液体水素が超電導応用機器の冷却剤として非常に優れていることである。つまり、液体水素の蒸発潜熱は液体ヘリウムに比べて 20 倍以上 ( 液体窒素に比べても 2 倍以上 ) 大きいために蒸発しにくく、内圧上昇を伴う急激な多量の液体の気化をほとんど心配する必要がないことを実感した。」と述べている。( かみいゆ )