SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.20, No1, February, 2011


 

新系統の鉄系超伝導体が発見される             _中国科学院ほか_

 


  

 鉄系超伝導体は、正方格子状に配置された Fe 2+ イオンとその上下に配置されたアニオンが基本構造となっている。初期に超伝導が報告された LaFePO 、 LaFeAsO(1111 系 ) をはじめとして、ほとんどが Fe と P もしくは As との組み合わせで構成されるが、 FeSe 、 FeTe など Fe とカルコゲナイドとの組み合わせでも、 Fe 2+ の正方格子を持つ化合物は超伝導体となることが知られている。最近新たに Fe 、 Se とアルカリ金属の組み合わせで FeSe と異なる構造を持つ新系統の鉄系超伝導体が発見され、関連論文が連日 arXiv に投稿されるなど一大ブームとなっている。
  今回発見された物質は基本式 AFe 2 Se 2 (A: アルカリ金属、図 1) で表され、構造的には BaFe 2 As 2 など既に知られている砒素系の化合物と同じ ThCr 2 Si 2 (122) 型構造である [1] (ただしアルカリ金属サイト・ Fe サイトの両カチオンには周期的な欠損があり、正確には組成・構造が異なるとの指摘もある [2] )。

 

図 1. KFe 2 Se 2 の結晶構造 [1]

 

 アルカリ金属としては、今のところ K, Rb, Cs, (K,Tl), (Rb,Tl) などが報告されている。これらはいずれもバルクの超伝導体であり、アルカリ金属種や組成にもよるが 30 K 前後の T c が報告されている。 KFe 2 S 2 などカルコゲナイドが Se ではなく S の物質も報告されているが、今のところ超伝導体にはなっていないようである。このように今回の新物質は砒素を含まないこと、 T c が常圧で 30 K 前後と鉄系超伝導体の中でも比較的高いこと、構造が単純で単結晶作製も含めて合成が比較的容易であることなどが特徴である。 FeSe が +2 価カチオンと -2 価アニオンの化合物であることから、一見するとカルコゲナイドにおける新物質開発は難しいようにも思われるが、 122 型構造を取るカルコゲナイドは鉄化合物 TlFe 2 S 2 ・ TlFe 2 Se 2 [3] 、 Co ・ Ni 化合物 KCo 2 Se 2 ・ KNi 2 Se 2 [4] など以前から数多く報告されていた。今回の新物質はこれまでの鉄系超伝導体探索の盲点となっていた部分に潜んでいたとも言える。この系の初報は中国科学院の Guo らによる K 0.8 Fe 2 Se 2 の発見及び超伝導化に関する報告 [1] であり、超伝導物質開発における最近の中国グループの存在感の増大を象徴する出来事となっ ている。昨年 12 月に初報が arXiv に掲載された直後から関連論文が投稿され、現在でも一日 1 ~ 2 報程度の投稿が続いている。また初報の時点ですでに板状の単結晶に近い組織が得られているように、この系は単結晶が比較的容易に作製できることから、物質の発見直後にも関わらず異方性評価や光電子分光など様々な測定がなされている。 T c ( onset) は最高 33 K(KFe 2 Se 2 ) で、アルカリ金属サイトのカチオンが大きくなるにつれ若干低下する傾向がある。 T c の圧力依存性に関しても様々なグループにより報告がなされているが、 KFe 2 Se 2 において T c ( onset) が 35 K 程度まで上昇したとの報告や単調に低下するとの報告などがあり、出発組成の違いなどによるのであろうが結論は得られていない。この系の物質は FeSe よりも T c が高い一方、構造的には a 軸が長く anion height が低いため、従来の鉄系超伝導体で提唱されている anion height と T c との関係 [5] と概ね一致するようである。臨界磁場から見積もられた異方性は 3-3.5 程度で、砒化物の 122 系化合物より若干高いものの 1111 系化合物より低い値である。このように従来の鉄系超伝導体と共通する部分もある一方、様々な点で特異な系であるとの指摘もなされている。抵抗率は物質にも依存するが 100~300 K に極大値が見られている ( 図 2 ) 。一部では極大となる温度と T c が関連するとの指摘もなされているが、まだ起源は明らかになっていない。また、本系はカチオン欠損がない場合を仮定すると Fe の形式価数は +1.5 価となり、かなり強い電子ドープとなっていることになる。このことを反映してか、 30 K 前後の高温で超伝導となる組成でもフェルミ面上にホールポケットがないことが光電子分光により報告されている ( 図 3 ) これは KFe 2 As 2 において Fe の形式価 数が +2.5 価で電子ポケットが存在しないのと対照的な結果であるが、 KFe 2 As 2 の T c は約 3 K であり T c の観点からは大きく異なっている。さらに本系では超伝導と磁気秩序の共存が指摘されている。磁気秩序の発現温度 ( T N ) は、 A サイトカチオンの種類にも依るが概ね 500 K と非常に高温で [2] 、また T N 直上での構造相転移も報告されている。超伝導と磁気秩序の共存は砒化物の 122 系化合物でも報告されているが、砒化物系では T N が低下すると共に超伝導化し、超伝導が発現する組成では T N と T c は比較的近いが、この系では T c ( ~3 0 K )と T N ( ~5 00 K )が非常に離れている。こう いったこれまでの鉄系超伝導体との違いが Se 系に特有なものか鉄系超伝導体の本質に基づくものなのかなどまだ分かっていない部分も多いが、いずれにせよ本系の発見により鉄系超伝導体の超伝導メカニズムの理解が一層進められることになろう。

          図 2. A Fe 2 Se 2 の抵抗率の温度依存性 [6]

 

 

     図 3. K 0.8 Fe 1.7 Se 2 のバンド構造 [7]

 

 鉄とアニオンを含むという制約がありながら三元系という単純な系で新たな物質群が発見されたことは、鉄系超伝導体の物質探索はまだ多くの可能性があることを示唆している。 T c 自体は踊り場を迎えているものの、今後も新たな鉄系超伝導体の発見が期待されよう。 ( 萩の月 )

<参考文献>
 [1] Guo et al. , Phys. Rev. B 82 (2010) 180520, [2] Ye et al ., arXiv:1102.2882, [3] Klepp et al. , Monatshefte fuer Chemie 109 (1978) 1049., [4] Huan et al. , Eur. J. Sol. Stat. Inorg. Chem . 26 (1989) 193, [5] Mizuguchi et al. , Supercond. Sci. Technol . 23 (2010) 054013 [6] Liu et al ., arXiv:1102.2783 [7] Quan et al ., arXiv:1012 .6017