SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.19, No5, Octber, 2010


 

Y 系超電導テープで超電導磁気相転移新現象発見  −九州大学、 ( 財 ) 国際超電導産業技術研究センター −


 九州大学 と ( 財 ) 国際超電導産業技術研究センターは、 ( 独 ) 新エネルギー・産業技術総合開発機構 (NEDO) からの受託研究「イットリウム系超電導電力機器技術開発」プロジェクトにおいて、 Y 系超電導線材の研究開発を共同で行っている。この中で、開発中の Y 系超電導線材において、今まで知られていなかった超電導体の新たな磁気的相転移現象が発現すること、さらに、その結果として、第二種超電導体に特有のピンニング損失が従来理論から逸脱し大幅に低減することを、世界で初めて見出した。
  この発見は、従来理論に基づく Y 系超電導線材の低損失化の指針を根底から覆し、新たな材料学的開発指針を与えるとともに、 発電機、モータ、変圧器、 SMES( 超電導磁気エネルギー貯蔵 ) システム、ケーブル等の電気機器のみならず、医療用の MRI 、癌治療用重粒子線加速器、さらには高分子構造解析用 NMR 等の磁界を用いる直流機器に至るまで、これまで第二種超電導体を超電導ならしめる電気抵抗ゼロの原理・原則であった磁束の量子化と磁束ピンニング現象が引き起こす磁化およびピンニング損失、その大きさが開発のネックとなっていたものすべてが、 Y 系超電導線材を用いて、容易にかつ安価に実現できるようになったことを意味する。 従来、第二種超電導体は、電流、磁界が一定である直流磁界中では電気抵抗に起因したジュール発熱がゼロで通電が可能であるが、交流通電に代表される変動磁界中では、磁界の増減に合わせて量子化磁束が超電導体を出入りすることに伴って、ピンニング損失が発生する。そのため、実効的な抵抗値は小さいものの完全に電気抵抗ゼロとは言えず、超電導システムには定常時においても冷却が必要となる。冷却システムの効率まで考慮すると、交流通電の電気機器で銅線以上の効率を確保するには、これまで大変な困難を伴った。ピンニング損失は、臨界電流密度と超電体の径 ( 幅 ) の積に比例する。よって、これまでの第二種超電導体を用いた超電導線材では、特性向上として臨界電流密度の向上を図ると、その見返りとして、ピンニング損失も増大し、その低減のために細線化 ( フィラメント化 ) が唯一の解決策であった。しかしながら、今回見出した新現象は、線材の特性 ( 臨界電流密度及びその均一性 ) の向上を図ると、この新現象の発現が顕著になり、さらにはピンニング損失が減少し、従来の概念と真逆のものとなる。

発見した新現象の特徴: ( 代表的な磁化曲線、ピンニング損失を下記に図示 )
 1 .変動磁界中における Y 系超電導線材の磁化・ピンニング損失が、従来理論から逸脱し、臨界電流密度に比例せず、驚異的に低くなる。
 2 .現象は、磁界が高いほど、温度が低いほど、結晶粒の配向性が良いほど、磁界印加角度 (Y 系線材テープ面に平行の印加角度を 0° とする ) が小さいほど、顕著になる。現在の、結晶粒  の配向度 ( 結晶粒界傾角 ) : 3° の線材で、磁界印加角度 60° でも観測。
 3 .量産可能な現状の製造プロセスによる Y 系超電導線材でも発現。従来理論と真逆の特性:線材の高臨界電流密度化はすなわち低ピンニング損失化となる。
 4 . RE 1 Ba 2 Cu 3 O 7- x (RE: Rare Earth( 希土類 ) 、 Y 、 Gd 等 ) 超電導体に特有の現象であることを実験的に検証。
 5 .発現機構は、 CuO 2 平面が超電導電流輸送を担うような、二次元異方性を有する ( コヒーレンス長が面内と面間で異なる ) 超電導体に特有の磁気特性上の新相転移現象と推定。

波及効果:超電導応用は新たな研究開発局面に実際の機器巻線内の磁界は大半が斜め磁界 ( 磁界印加角度 0° から 90° 弱 ) なので効果大。将来的には、細線化 ( スクライビングによるフィラメント化分割 ) 加工が不要。
  1 .高電流密度かつ極低損失性を併せ持つ究極の超電導機器開発が可能になる。
  2 .電気機器:これまで、低温金属系超電導線材、高温酸化物超電導線材を含め、いかなる超電導線材を用いても、超電導電気機器開発においてピンニング損失の低減のために、多大な  時間と労力を要した。しかし、新現象発現の Y 系超電導線材を用いることにより、容易にしかも安価に低ピンニング損失化が実現できるようになり、今後、発電機、モータ、変圧器、 SMES 、ケ  ーブルを含め、スマートグリッドへの超電導技術の導入も格段の現実味を帯びてきた。
  3 .直流機器:低温金属系超電導線材に比べ、臨界温度 T c が高いために圧倒的に安定かつ低冷却コストで動作する Y 系超電導線材が、垂直磁界に対する磁化が大きく、空間的・時間 的磁界均一度の確保が難しかったために、これまでは残念ながら医療用重粒子線加速器、等直流システムの応用研究は進んでいなかった。しかし、新現象発現の Y 系超電導線材を用いること により、細線加工していない Y 系超電導線材で極小磁化が実現でき、 医療用の MRI 、癌治療用重粒子線加速器、さらには高分子構造解析用 NMR 等、直流超電導機器が 容易にしかも 安価に実現可能に。

図 1 Df = 5.4° の IBAD-PLD 法 YBCO テープ線材に 2~4 T の直流バイアス磁界中で小振幅 (0.5~0.8 T) 変動磁界を印加した場合の磁化曲線。磁界印加角度 q = 15° 。

図 2 Df = 3° の IBAD-PLD 法人工ピン入り GdBCO テープ線材に振幅 1.7 T の変動磁界を印加した場合の磁化曲線。磁界印加角度 q =10~90° 。

 


 

図 3 Df = 3 °の IBAD-PLD 法人工ピン入り GdBCO テープ線材に振幅 10 -3 ~4 T の変動磁界を印加した場合の交流損失。磁界印加角度 q =10~90° 。



 NEDO プロジェクト「イットリウム系 …. 」では、次世代超電導線材 REBCO(RE 1 Ba 2 Cu 3 O 7 - d , RE:Rare Earth, Y, Gd etc.) 超電導テープ、およびこれを用いた超電導電力機器の研究開発を行っている。これまでに、米国、欧州、韓国等との熾烈な開発競争の中、 300 A の臨界電流を持つ 500 m 長線材の製造にも成功し、現在、ケーブル、変圧器、 SMES 等電力機器の研究開発へ展開を測っている。また、効率、小型・軽量性、コスト等機器特性を向上させるべく、 REBCO 超電導テープの特性評価を通じた製造プロセスの改善も図っている。この中で、国立大学法人九州大学超伝導システム科学研究センター、 ( 財 ) 国際超電導産業技術研究センターは、従来の常識を覆す REBCO 超電導テープの極低交流損失特性を世界に先駆けて見出した。これを機器開発に適用すれば、損失ゼロとは言わないまでも、真に損失が小さな高効率の超電導電気機器の開発が可能となる。
  第二種超電導体 (NbTi, Nb 3 Sn, Bi 2 Sr 2 Ca 2 Cu 3 O 8- x , REBCO など ) は、下部臨界磁界 ( m 0 H c1 ) 以下の磁界中では完全反磁性を示す ( マイスナー状態 ) が、下部臨界磁界以上、上部臨界磁界 ( m 0 H c2 ) 以下の磁界中では磁束が量子化されて超電導体に侵入する。これを混合状態と呼ぶ。超電導線材は、通常、この混合状態で使用される (MRI, NMR, , SMES, リニアモータカー ( マグレブ ), ITER 等核融合炉、高エネルギー用加速器、超電導発電機・モータ・変圧器・ケーブル等すべてにおいて ) 。
  磁界中で第二種超電導体、およびこれを用いた超電導線材に電流を流すと、量子化された磁束にローレンツ力 ( I × B ) が働き、磁束は電圧 ( 損失 ) を発生させる方向に動こうとする。しかしながら、第二種超電導体には、量子化磁束の動きを妨げようとするピンニングセンターが存在し、磁束がピンニングセンターにトラップされて動かないことにより、電圧 ( 損失 ) なしで電流を流すことが可能である。この量子化磁束を留めておこうとするピン力の最大値で、超電導体の臨界電流値 I c ( 電気抵抗:発熱ゼロで流すことができる電流の最大値 ) が決まる。第二種超電導体が、電気抵抗ゼロで電流を流すことができるのは、超電導体中にピンニングセンターが存在し、これが動こうとする量子化磁束を留めてくれるからである。 BCS 理論に基づき電子が Cooper 対を作る事だけで電気抵抗ゼロが発現しているわけでは決してない。
  しかしながら、第二種超電導線材が電気抵抗ゼロ ( =発熱ゼロ=損失ゼロ ) で電流を流すことができるのは、電流および発生磁界が一定である直流システムの場合だけである。電流、磁界が変動する交流機器の場合には、超電導線材は損失を発生する。なぜならば、電流および磁界の変動に応じて、量子化磁束が超電導体を出入りするからである。量子化磁束がピンニングセンターにトラップされたままの状態では損失は発生しないが、ピンニング力に抗して侵入、侵出を繰り返す際には、損失が発生する。これをピンニング損失と呼ぶ。
  超電導現象発見から今日に至るまで、超電導の電気機器への応用は、このピンニング損失低減との闘いであった。ピンニング損失の大きさは、線材サイズに比例する。フィラメント分轄した場合にはフィラメントサイズに比例する。 1980 年代、金属系低温超電導体 (NbTi, Nb 3 Sn) をフィラメントに用いた交流用極細多芯線では、ピンニング損失を低減するために、フィラメント径はサブミクロンであった。これは、超電導システムが冷却を要し、冷却の効率まで考慮するとピンニング損失を低減し、銅線と鉄心で構成した常電導機器を効率で上回るには、サブミクロン径までシステムの細線化が必要であったためである。ちなみに、液体ヘリウム温度 4.2 K で 1 W の損失は、室温換算で 500 W から 1500 W の損失に相当、すなわち、 500 倍から 1500 倍の電力を注入しないと冷却できない。
  高温超電導体の発見により、超電導システムの動作温度は液体窒素にまで向上した。これに伴い冷却効率は大幅に向上したが ( 液体窒素温度 77 K で 1 W の損失は、室温換算で 10 W から 30 W の損失に相当 ) 、冷却が必要であることは変わらず、一方で、 Bi 系線材ではフィラメント間の超電導接触のため損失低減は実現されない。そこでこのプロジェクトでは、 Y 系超電導線材の低損失化のために、世界に先駆けてスクライビング ( 超電導層の溝掘り加工 ) と特殊巻線工程による低損失化の手法が考案され、国際特許を取得、プレス発表も行われた。しかしながら、冷却効率の向上によりサブミクロンまでの細線化は必要ないものの、 10 mm 幅線材を数十 ~ 百分割する必要 ( 百ミクロン〜数百ミクロン幅 ) があり、スクライビングによる臨界電流 I c の低下、超電導層剥離等の新たな問題のため、現在も鋭意、長尺線材の開発に取り組んでいる。
  このような状況にあって、九州大学、 ISTEC は、開発中の Y 系超電導テープ線材において、低損失化に貢献する新たな電磁現象を世界で初めて見出した。
  この新現象は、巨視的 ( 人間の目で見て触れるスケール ) 電磁界を記述するマックスウェル (Maxwell) 方程式、および、従来の超電導体の電磁現象を記述する臨界状態モデル (Critical state model) 等、従来の理論では説明できず、九州大学、 ( 財 ) 国際超電導産業技術研究センターでは、新たな磁気的相転移現象であろうと考えている。この現象を定量的に説明するためには、新たな物理モデルの構築が必要であるが、担当者は得られた実験データを基に下記のような説明を試みている。
  Y 系超電導体の結晶はペロブスカイト構造を有し、 Y 系超電導線材では、この結晶長軸が基板に垂直に成長し、 CuO 2 平面が基板と平行に幾重にも二次元的に拡がり、これが超電導電流を担っている事が知られている。この Y 系超電導線材に基板に垂直に量子化磁束が侵入すると、量子化磁束の中心は超電導電子密度がゼロ、すなわち量子化磁束は常電導コアであるから、 CuO 2 超電導平面の超電導性を壊す。もともと、温度が臨界温度 T c 以下になると、超電導凝縮エネルギーの差分だけ自由エネルギーが低くて常電導状態でいるより安定であると言う理由で超電導状態に遷移しているものが超電導体である。これが磁束の侵入により部分的に常電導状態になると、その分自由エネルギーが大きくなり、不安定になる。しかしながら、磁束が CuO 2 平面に平行に侵入すると、磁束は CuO 2 平面の超電導性を壊さず、自由エネルギーは低いままで安定である。このため、 Y 系超電導体では磁界が CuO 2 平面に平行に侵入しやすく、これが今回の低ピンニング損失減少の発現機構の根幹であろう 。 (Q's Bear)