SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.19, No4, August, 2010


冷凍機無し・電源無しで運用可能な高温超電導モバイルマグネット _鉄道総合技術研究所_


 ( 財 ) 鉄道総合技術研究所は、「イットリウム系高温超電導線材を用いた小型超電導磁石」と題するニュースリリース記事をホームページ上に公開した [1] 。記事によると、従来のニオブチタン線材よりも高温で使用可能で、近年性能向上が著しいイットリウム系線材を浮上式鉄道用超電導磁石へ適用する検討を行った結果、超電導磁石を 50 K 程度で使用すると、冷凍機や超電導コイルのコストや、重量、消費電力の低減メリットが最も大きくなることがわかったという。この超電導磁石を完成させた同研究所浮上式鉄道技術研究部低温システム研究室の長嶋賢室長は、「当時市販されていたイットリウム系線材の通電特性を我々自身で評価するところから着手し、評価結果を浮上式鉄道用超電導磁石システムに適用する検討を行った。その結果 50 K 程度で使用するメリットを見出すことができたため、 50 K レベルで運用する高温超電導磁石の検討を開始したが、浮上式鉄道用実機大コイルの製作は、線材調達のコストや納期の点で時期尚早と判断せざるを得なかった。そこで、たとえ小型ではあっても、イットリウム系線材ならではの特長を有する高温超電導磁石を作ることで高温超電導の可能性をアピールすることができるのではないかと考えた。これがモバイルマグネット誕生のきっかけになった。」と言う。
  モバイルマグネットの外観を図 1 に、主要仕様を表 1 に示す [2] 。幅 600 mm 、高さ 400 mm 、奥行き 200 mm の真空容器中に、レーストラック形シングルパンケーキコイルを 4 個積層したコイルを内蔵しており、 50 K において定格 86 A を通電することで、コイルの最大経験磁場として 1 T を発生する。これは浮上式鉄道用超電導磁石が発生する磁場とオーダー的に同等となることを狙ったためだという。
  さて、このモバイルマグネットのユニークな点は、冷凍機無し・電源無しで運用可能なことである。冷凍機無しとは、マグネット内部に引き通した冷却用パイプに低温ガスヘリウムを流通させて、伝導冷却によりコイルユニットと輻射シールドユニットを十分に初期冷却した後に冷却ガス源を切り離す、すなわち冷凍機無し構成とし、その後はそれらユニットが蓄えた冷熱容量によって低温状態を有限時間保持させる運用形態を意味する。また電源無しとは、機械的接点を有するスイッチを用いて閉ループ電流回路を構成することで、外部からの電流供給を遮断しても一定時間の磁場発生が可能であることを表しており、マグネット側面には本スイッチ操作用のハンドルを備えている。これにより、一旦励磁してしまえば、電源無しで一定時間磁場を発生し続け、かつ持ち運びが自在な、高温超電導コイルによる磁場環境を提供する。同低温システム研究室の小方正文主任研究員は、「コイル温度が 20 K から 50 K に上昇するまでの保冷時間を 8 時間に設定してコイルユニットおよび輻射シールドユニットの熱容量設計を行い、また温度上昇に伴い真空層内に発生するアウトガスの吸着を促進する目的でコイルユニット部には活性炭を設置した。保冷時間の試験結果は 9 時間で、ほぼ設計通りの保冷性能であることが確認できた。磁場減衰特性は想定よりも大きい結果となったが、冷凍機も電源も無く静かに磁場を発生し続ける超電導磁石を見るのは、これまで経験したことのない感覚だった。」と話す。ちなみに、モバイルマグネットの質量は約 50 kg であり、実際の持ち運びには多少の工夫が必要らしい。図 2 にモバイルマグネットの保冷性能と磁場減衰特性を示す [2] 。磁場は 10 時間後に当初の 27% まで減衰しており、閉ループ電流回路の常電導材料部分の抵抗低減やコイルの n 値向上が課題であると言えよう。なお、このような冷凍機無しの超電導磁石は高圧ガス保安法の規制を受けない利点があり、この点では実用化の上では非常に有利な構成と考えられることは指摘しておきたい。
  今後の展開について長嶋賢研究室長は、「今回は、高温超電導線材を用いて小型ながらも実際に超電導磁石を完成させ、更には高温超電導磁石ならではの可能性を示すことができ、所期の目的は達成できたと考えている。今後は、冷凍機無し・電源無しの概念にとらわれず、最適な冷凍システム、最適な励磁電源システムを考慮しながら、イットリウム系線材の強みである高温高磁場下の優れた通電特性を活かして、更なる高磁場発生を目標とした 5 T 級高温超電導マグネットの開発を進め、将来の浮上式鉄道用イットリウム系高温超電導磁石の実現につなげて行きたい。」と語る。これからの展開にも期待したい。

 

                                           図 1  モバイルマグネット [2]

 

 

 

 

 

図 2  保冷性能と磁場減衰特性 [2]

 

 

 

本研究は、国土交通省の国庫補助金を受けて実施されたものである。 ( スーパーリーク )

 

【参考文献】

[1] 鉄道総研ホームページ : http://www.rtri.or.jp/press/h22/20100630.html

[2] 小方正文、水野克俊、荒井有気、長谷川均、笹川卓、長嶋賢:「冷却システムと励磁電源が分離可能な RE 系モバイルマグネット」、第 82 回 2010 年度春季低温工学・超電導学会講演概要集 (2010)196.