SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.19, No2, April, 2010  


Bi2223 線材の低交流損失化技術の現状と展望 _ 豊橋技術科学大 _


近年の線材作製プロセスの進展により、 Bi2223 銀シース線材の臨界電流特性は大きく向上しており、 77 K 、自己磁界下において 200 A 級の臨界電流を有する単長で km オーダーの線材の量産技術が確立されつつあるが、送電ケーブルや変圧器といった交流機器応用に向けて、線材の低交流損失化技術の確立が必須である。ケーブル応用において重要となる線材幅広面に平行な横磁界に対しては、多芯化されたフィラメントに撚り ( ツイスト ) を施すことによって、母材が抵抗率の低い純銀であっても、ある程度の損失低減効果が得られることが知られている。線材のスリム化との組み合わせによって、平行磁界損失を 1/3 以下に低減した交流用ツイスト線材が住友電工にて量産・市販されるに至っている。

しかしながら、巻線応用において重要となる線材幅広面に垂直な横磁界に対しては、線材形状の異方性と反磁界効果により、損失の絶対値そのものの増大と共に.フィラメント間に誘導される結合電流の減衰時定数 ( t c ) が著しく大きくなる。このため、ツイスト長の狭小化のみでは 50 Hz 近傍での損失低減を達成することは極めて困難であり。以上より、垂直磁界損失の大幅低減にはツイストに加えて母材の高抵抗化が必須となるが、 Bi2223 相形成に必要となる高温焼成に耐え、超伝導体を汚染して特性を低下させることなく、尚且つ銀よりも十分に高い抵抗率を有する適当な代替材料は現状見当たらない。  上記の問題を解決する手段として、フィラメント間に酸化物 (BaZrO 3 , SrCO 3 , SrZrO 3 等 ) を高抵抗バリアとして介在させた線材構造 ( バリア線材 ) が提案されており、豊橋技術科学大の太田昭男教授らのグループでは、この低損失バリア線材の高性能化に向けた研究を進めている。バリア材として使用する酸化物には、絶縁材料であることに加えて,

(1) 線材化 ( 細線化・圧延 ) に適した延性を有すること。
(2)  Bi2223 相形成の際に必要となる高温焼成時に超伝導体と反応しないこと。
(3)  バリア導入に伴う線材の超伝導特性 ( 特に臨界電流密度 ) への悪影響が極力少ないこと。

が望まれる。材料選択に関する実験的検討を経て、 Ca 2 CuO 3 および SrZrO 3 をバリア材として採用した。なお、両者は単体では非常に硬く脆い材料であるため、 Bi2212 粉末を少量混合することで加工性の改善を試みた。試作したバリア線材 (19 芯、 1 m 長、非ツイスト ) の横断面写真および 77 K 、自己磁界下における臨界電流密度 ( J c ) 分布の測定結果を図 1 および図 2 にそれぞれ示す。いずれの線材においても、長手方向のばらつきは 4% 以内に収まっており、 J c は最高 21 kA/cm 2 、平均 18-19 kA/cm 2 程度の特性が得られている。本特性は、市販線材 ( J c ~ 50 kA/cm 2 ) と比較するとまだまだ低い値ではあるが、当研究室にて同一工程で作製した非バリア線材の J c は 23-24 kA/cm 2 というレベルにあり、バリア導入に伴う特性低下は 15% 程度に抑制されている。一方、完成試料におけるバリア線材の連続性は SrZrO 3 バリアの方が良好であり、純銀シース線材と比較して少なくとも一桁以上のフィラメント間横断抵抗の向上を確認している。

交流磁界中での低損失化に向けては、実用に即したツイスト構造を有する線材において、結合周波数 f c (= 1/2 p t c ) を、運転周波数よりも十分に高い値に向上させることが重要な条件となる。 f c は損失中に含まれる結合損失 Q c (1 周期当たり ) が極大を示す周波数として評価することができ、線材断面形状が等価であれば横断抵抗率 r t とツイスト長 L t に対し r t / L t 2 に比例して増減する。バリア導入と L t の狭小化により、ジュネーブ大 (80-180 Hz) 、カールスルーエ工科大 (400-500 Hz) および豊橋技科大グループ (380 Hz) にて商用周波数よりも高い f c ( 垂直磁界下 ) が達成されてはいるものの、 J c はいずれも数 kA/cm 2 と大きく低下してしまっている。一般に高 r t を実現するためには、バリア導入厚をある程度厚くし、完成試料でのバリアの連続性を確保する必要がある。しかし、バリア材が厚すぎると線材全体として加工性が低下し、特にツイストした際に線材内の構造が大きく乱れ、特性劣化を引き起こす大きな要因となる。この問題の解決に向けて、バリア導入厚、線材のスリム化 (< 3 mm) およびツイスト加工法に関する改良をこのグループは進めており、最近の成果として、 J c > 12 kA/cm 2 (2.7 mm 幅、 L t = 4 mm) のバリア線材において、 f c > 250 Hz( 垂直磁界下 ) を達成することに初めて成功したことが 2010 年春季応用物理学会 (3/17-20: 東海大学 ) において稲田亮史助教より報告された ( 図 3(a)) 。これに伴い、 50 Hz 近傍での垂直磁界損失は、 10-50 mT の磁界範囲において、同一寸法でフィラメント同士が結合している線材と比較して 1/2 程度 (4 mm 幅線材と比較した場合、 1/3 程度の損失低減に相当 ) に低減することが確認されている ( 図 3(b)) 。

一方で、本バリア線材の垂直磁界損失の周波数特性の解析結果より、 30 mT 以上、 50 Hz 近傍での損失の半分以上を結合損失 Q c が占めていることを確認している。今後の展望として、第一に Q c の絶対値そのものを低減させなければならない。また、超伝導体自身が発生するヒステリシス損失 Q h は、中心到達磁界より十分に大きな磁界域では J c に比例して増減するが、 Q c は J c に殆ど依存しない。したがって、 J c 向上は磁化損失全体に占める Q h の寄与を増加させ、損失低減効果を高磁界域まで維持する観点からも重要である。前者の克服に向けては、バリア導入厚やツイスト長、線幅に関する包括的な検討により、結合周波数 f c を少なくとも 400-500 Hz 程度に向上させる必要がある。一方、後者に関しては、作製された非バリア線材の J c (= 23-24 kA/cm 2 ) 自体が市販線材よりかなり低いことを考慮すると、線材構造 ( 特に、フィラメント寸法 ) や作製プロセスの改善により、さらなる特性向上の余地は十分にあると考えられる。稲田氏によれば、「高 f c と高 J c の両立は非常にチャレンジングな目標であるが、今後もグループ一丸となって本課題の克服に向けた技術開発を着実に進めていきたい。」とのことである。

 この研究の一部は、科学研究費補助金 (No. 20686020 、 No. 22560270) 、 ( 財 ) 東電記念科学技術研究所研究助成および ( 財 ) 中部電力基礎技術研究所研究助成 (No. R-20302) の支援により実施されたものである。 ( りょう じ )

 

 

 

図 1  バリア線材の横断面写真  (a) Ca 2 CuO 3 バリア線材、 (b) SrZrO 3 バリア線材

図 2  バリア線材長手方向の J c 分布 (77 K 、自己磁界下 )

•  Ca 2 CuO 3 バリア線材、 (b) SrZrO 3 バリア線材

 

図 3 SrZrO 3 バリア線材の垂直磁界下での交流損失特性 (77 K)

•  周波数依存性 ( 磁界振幅 5 mT) (b) 印加磁界振幅依存性 ( 周波数 45 Hz)