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超伝導磁石応用の新構想　－宇宙空間での推進・制御用途への応用－

　宇宙空間における超伝導磁石応用としては、まず科学観測機器への応用を挙げることができ、例えば 2005 年に打ち上げられた X 線望遠鏡衛星「すざく」においては、 X 線マイクロカロリーメータ用の断熱消磁型冷凍機に超伝導磁石が用いられている。一方、近年ではこのような科学観測機器以外に、超伝導磁石を応用した宇宙機の推進や制御も研究されているので、以下にこれらの研究例を紹介する。

　近年、宇宙機の分野では、複数の衛星が協力して特定のミッションを実行するアイデアが各種盛んに検討されており、これらは一般にフォーメーションフライトと呼ばれている。 GPS (Global Positioning System) で用いられている NAVSTAR 衛星なども、複数衛星でシステムが構築されている点でフォーメーションフライトとも言えるが、近年はより狭義に、宇宙機の相対位置を積極的に制御している場合をフォーメーションフライトと呼ぶことが多い ( この場合、 NAVSTAR 衛星などはコンステレーション方式と呼ばれる ) 。狭義のフォーメーションフライトミッションの例としては、 2 衛星が協力して合成開口レーダにより地球を観測する TanDEM-X 衛星 ( 独 ) が 2010 年前半に打ち上げられる予定であり、また技術実証衛星ではあるが PRISMA 衛星 ( 欧州 ) などは 2010 年 4 月に打ち上げを控えている。フォーメーションフライトを宇宙科学に応用する例としては、 X 線望遠鏡への応用などを挙げることができる。 X 線望遠鏡はその集光原理上、集光部と検出器部との距離を長く取ることが望ましく、例えば欧州中心の巨大プロジェクトである XEUS 計画では、焦点距離 35 m といった規模が検討されており、その実現は伸展機構を用いても容易ではないことから、片方の衛星に X 線集光部を、もう一方の衛星に検出器部を搭載するフォーメーションフライトにより長焦点距離を実現する案が検討されてきた ( 図 1) 。

このような相対位置制御のために必要な推力は、通常、何らかの推薬を用いた推進システムにより発生される。ところが例えば XEUS ミッションの場合、 2 衛星で 1 つの望遠鏡を構成するためには、その相対位置を常に制御し、 2 衛星が形成する軸を観測対象に指向させ続ける必要がある。これは、制御のために常に推薬を消費し続ける必要があることを意味しており、ミッション期間にわたる推薬消費量が膨大になる、推薬による観測機器汚染の可能性、といった点が問題となる。そこで JAXA 宇宙科学研究所の坂井真一郎准教授らは、推薬を用いず磁気力により衛星相対位置を制御する、磁気フォーメーションフライト (Electro-Magnetic Formation Flight, EMFF) というアイデアを提唱してきた(ⅰ) 。このグループ以外では、 MIT のグループがほぼ同時期に同様のアイデアを提案している(ⅱ) 。図 2 に、 XEUS タイプのミッションを磁気フォーメーションフライトにより行う構想例を示す。この例では、 Target 衛星と呼ばれる衛星には 1 つの、 Chaser 衛星と呼ばれる側には直交する 3 つの電磁石が搭載されており、 Chaser 衛星は自らの電磁石の発生磁気力を調整して相対位置制御を行っている。相対位置制御に必要な力の大きさは、基本的には打ち消すべき外乱力によって決まるが、仮に XEUS タイプのミッションを高度 500-800 km 程度の近地球周回軌道で行う場合、衛星間距離の分だけ異なる軌道を周回する ( 自然でない軌道を周回する ) ために必要となる力が、最も大きい。この力は Hill 方程式と呼ばれる式により見積もることができるが、例えば衛星間距離 10 m 、衛星重量をそれぞれ 500 kg 、軌道高度を 600 km とした場合、必要な力は 10 mN 程度である。距離 10 m でこの磁気力を得るためには、ある程度の余裕も考えると、 30,000 Am 2 程度の磁気モーメントが必要であり、この実現には超伝導磁石が必要となる。 Bi2223 系の高温超伝導材を前提とした簡単な設計検討の結果、コイルおよび支持構造部の合計重量として、 1 コイルあたり 40 kg 程度の重量で実現可能との見積もりが得られている。表 1 に、この時の設計例を示す。

さらにこのグループは、近地球周回軌道で EMFF を行う場合に問題となる、地球磁場の影響を排除する方法についても研究を行っている。 30,000 Am 2 といった磁気モーメントが地磁場との作用で生じる磁気トルクは巨大で、その蓄積角運動量は通常の衛星姿勢制御系では吸収することが難しい。そこで坂井氏らは、超伝導磁石を正弦波状電流により駆動することでこの磁気トルクを平均的にキャンセルし、この角運動量蓄積の効果を抑圧できないかと考えている。詳細は文献 (ⅲ) などを参照されたいが、インパルス状の電圧印加により Target/Chaser 衛星間の正弦波状磁気モーメントの位相差を制御することで、少ない電力で発生磁気力を制御し、これにより衛星への過度な角運動量蓄積を避けながら EMFF を行う手法を提案している。また、ここで提案している方式の検証のため、図 3 に示したように実際の超伝導磁石を制御ループに組み込んだ HILS(Hardware-in-the-loop simulation) システムも構築し、提案手法の妥当性検証なども行っている。

図 1 XEUS 衛星の概念図　　　　　　　　　　　　　図 2 EMFF 方式を適用する場合の構成例

　表 1 必要な超電導磁石の設計検討例 (1 磁気モーメントあたり )

コイル半径	コイル長	巻き数	駆動電流	重量
0.9m	0.5m	2381	15A	40kg

　　　図 3 HILS のための実験装置 ( 左下が使用している超伝導磁石ユニット )

　フォーメーションフライトへの応用以外にも、各種センサや大気圏突入用熱シールド (ⅳ) などの宇宙技術へも、超伝導が利用され、また、将来技術として注目されている。以下には、 JAXA 宇宙科学研究所の船木一幸准教授らがこうした技術の 1 つとして検討している、超伝導コイルを利用した宇宙推進技術についても紹介しよう。太陽エネルギーを直接推進エネルギーへ変換しながら惑星間航行する宇宙船は、宇宙帆船 ( スペース・セイル ) などと呼ばれている。スペース・セイルには、図 4 のように、太陽光を大きな鏡で反射して探査機を加速・推進するソーラーセイルと、宇宙機に搭載するコイルがつくる磁気圏が太陽風プラズマ流を受けて探査機を加速・推進する磁気セイル ( マグセイル ) がある。両者は推進剤を必要としない宇宙推進として古くから注目されているが、巨大な構造物 ( 太陽光を反射するための大きな鏡、または、大きな磁気圏を構成するための超伝導コイル ) が必要とされることから、実現が見送られていた。これらスペースセイルの加速度を高めるためには、ソーラーセイルでは薄膜を、マグセイルでは大きなループコイルを宇宙空間で展開する必要がある。例えば、太陽距離が 1 AU (1 AU は太陽・地球間距離に相当 ) における太陽光圧は 5 × 10 -6 Pa 、太陽風の動圧は 7 × 10 -10 Pa であるから、 1 N クラスの推進力を得るために、ソーラーセイルでは 450 m × 450 m の薄膜が必要であり、マグセイルでは半径約 21 km の磁気圏を構築する必要がある。ソーラーセイル用薄膜の重量は、 10 g/m 2 が可能であると言われており、従って、 5 × 10 -4 m/s 2 の加速度が可能である。これはイオンスラスタなど電気推進機の推力重量比 ( 加速度 ) と同一オーダーである。一方、マグセイルの場合は、推力重量比が小さく、半径 10 m の超電導コイルを利用した場合で 2.6 × 10 -7 m/s 2 程度である。太さ 2 mm の thin wire を直径 32 km ではる Zubrin のアイディア(ⅴ) もあるが、これは非現実的であろう。

こうしたマグセイルの欠点を克服しようとするのが、磁気プラズマセイルである (ⅵ) 。磁気プラズマセイル (MPS) では、図 5 のように、宇宙機に搭載可能な規模のコイルがつくる磁場中に、プラズマジェットが噴射される。この宇宙機周りのプラズマは、お互いの衝突が極めて少ない無衝突プラズマ流であり、磁場はプラズマ流に凍結 (frozen-in) して運ばれる性質を持つ。 MPS は、この性質を利用して磁場を遠くまで運んで磁気圏を拡大し、この拡大された磁気圏で太陽風プラズマ流を受け止めることで大きな推力を得ることができると期待されている。現在、効率的な磁気圏サイズの拡大を目指して、数値解析や地上実験による検討が盛んに行われている。 MPS は、プラズマ物理と宇宙機システムの双方の面で挑戦的であるが、低コストな太陽系探査を短期間で実現する可能性を秘めている (ⅶ,ⅷ) 。

MPS では、高速な太陽系外惑星探査や太陽系の脱出を目指すが、このためには、軽量かつ強力な超伝導コイルが不可欠である。磁気プラズマセイル搭載用超伝導コイルのシステム構成を図 6( a) に示した。今回の検討では、太陽電池を動力源とする木星探査機を想定しており、コイル部に太陽光が直射しないよう、太陽光照射面に太陽光シールドが置かれている。外径 ( 直径 )3.6 m の超伝導コイルとこれを囲む冷却筒は、宇宙機バス部と断熱されており、 3 枚の輻射シールドとコイルケースからの放熱により超伝導コイルを冷却する。コイル線材の重量はおよそ 200 kg 、コイルの支持トラスや輻射シールドなどを含めたコイルサブシステムの全体重量は約 400 kg である。打ち上げ後の磁気プラズマセイル宇宙機の動作シーケンスを図 6( b) に示した。宇宙機は地球脱出軌道に直接投入された後に太陽電池パドルの展開と姿勢制御を行い、コイルシステムの冷却を開始する。適切な輻射シールドと断熱材の選定により、 1 ヶ月程の冷却期間で到達温度 20K が可能であることが確認された。こうした冷却が冷凍機無しで可能であることは特筆に値する。

　検討している超伝導コイルの起磁力は、 10 6 AT (= 200 A × 5000 ターン ) とした。コイルは、断面が 2 mm × 0.1 mm のイットリウム系テープ線材をダブルパンケーキ型に巻きあげたものであり、このパンケーキを 20 段積層した構造である。超伝導コイルと宇宙機バス内の電源 (200 A / 1 V の DC/DC コンバータ ) とは、図 6( a) のように電流リードで結ばれており、超伝導コイルは数日程度かけてゆっくりと励磁される。その際、電流リードは、電流ケーブルでの発生熱が超伝導コイルへ侵入するのを防ぐ。超伝導コイルへの侵入熱 ( 支持材を通しての熱伝導や輻射熱伝達、電流リードからの熱侵入の合計で約 0.05 W) は、コイルケースの 20 K における輻射冷却能力とバランスしており、コイル定常運転時も 20 K の動作温度を保持できる。

　こうして、打ち上げ後 1.5 ヶ月後から超伝導コイルは定常運転状態となり、プラズマを噴射した磁気プラズマセイルによる Δ V を開始する。ただし、超伝導コイルの電流は、 1 日あたり 0.2% 程度低下することが予想されており、この電流減衰を適宜補償する必要がある。この他、姿勢異常時は、太陽光直射によるコイル温度の急激な上昇とコイル焼損を避けるため、コイル電流をダンプするシステムが必要である。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(a) ソーラーセイル　　　　　　　　　　 (b) マグセイル

　　　　　　　　　　　　　　　　　　図 4 　太陽エネルギーを利用して推進する宇宙帆船の概念

図 6 磁気プラズマセイル用コイルシステム (a) とその動作シーケンス (b)

ⅰ ) K. Ninomiya, K. Maeda ,T. Hashimoto, S. Sakai and T. Saito. Formation flight control using super-conducting magnets. In International Symposium on Formation Flying , Toulouse , France , 2002.

ⅱ ) David W. Miller, Daniel W. Kwon and Raymond J. Sedwick, Electromagnetic formation flight for sparse aperture arrays. In 2nd International Symposium on Formation Flying , 2004

ⅲ ) 金田良介、坂井真一郎、橋本樹明、齋藤宏文 . 超電導コイルを用いたフォーメーションフライト衛星の相対位置制御, 日本宇宙航空学会論文集 , Vol. 56, No.652, pp.203-210, 2008.

ⅳ )Abe, T. : Feasibility study of flight experiment for electrodynamic heatshield technology, Acta Astronautica, Vol.66, pp.929-936, 2010.

ⅴ )Zubrin, R.M., and Andrews, D.G. : Magnetic Sails and Interplanetary Travel, Journal of Spacecraft and Rockets, Vol.28, pp.197-203, 1991.

ⅵ )Winglee, R.M., Slough, J., Ziemba, T., and Goodson, A.: Mini-Magnetospheric Plasma Propulsion: Tapping the Energy of the Solar Wind for Spacecraft Propulsion, Journal of Geophysical Research, Vol.105, No.21, 2000, pp.21,067-21,078.

ⅶ )Yamakawa, H., Funaki, I., Nakayama, Y., Fujita, K., Ogawa, H., Nonaka, S., Kuninaka, H., Sawai, S., Nishida, H., Asahi, R., Otsu, H., and Nakashima, H.: Magneto Plasma Sail: An Engineering Satellite Concept and its Application for Outer Planet Missions, Acta Astronautica, Vol.59, 2006, pp.777-784.

ⅷ ) 船木一幸、山川宏、磁気プラズマセイルの研究と深宇宙探査への挑戦、プラズマ核融合学会誌、新たな宇宙開発を拓く核融合技術、 Vol.83 , No.3 , 2007 , pp.281-284.