SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.19, No1, Feb, 2010

<小特集:鉄系高温超伝導体における薄膜作製技術の最新動向>

  以下の研究は 科学技術振興機構 (JST) 、戦略的創造研究推進事業の TRIP (Transformative Research Project on Iron Pnictides) [ 平成 20~23 年度 ] の研究課題として行われているものです。    

AEFe2As2 (AE = Sr, Ba) 薄膜の作製と水蒸気処理効果、および今後の展望

_東京工業大学・科学技術振興機構_


 

  東京工業大学の細野教授と科学技術振興機構の平松研究員のグループは、 2008 年に鉄系超伝導体の一つであるコバルト添加 SrFe 2 As 2 ( 通称 122 相 ) のエピタキシャル薄膜を実現し、昨年には同型構造を有するコバルト添加 BaFe 2 As 2 膜の作製にも成功した。どちらもその転移温度はバルク試料とほぼ同じ約 20 K である。鉄系超伝導体において高い転移温度を得たい場合、通称 1111 と呼ばれる LaFeAsO 相では主として酸素サイトにフッ素が添加され、 122 相ではアルカリ土類金属サイトにカリウムが添加される。しかしながら、 122 相の場合は超伝導発現の主たる役割を担う鉄サイトをコバルトで直接置換しても 1111 相ほどは転移温度が下がらない。
  2008 年当時は、 1111 相の薄膜試料中にフッ素を導入することは容易ではなかったことから ( 現在ではドイツ IFW の Holzapfel 博士のグループと名古屋大学の生田教授のグループが、フッ素添加 1111 超伝導薄膜の作製に 成功している。 ) 、フッ素やアルカリ金属ではなくコバルトを添加物として選択した方が薄膜中に取り込まれやすいと予想し、そして 1111 相より単純砒化物である 122 相の方が作製しやすい ( かつ前述の通り、コバルト添加の場合は 122 相の方が 1111 相より転移温度が高い ) ことにいち早く着目したことが、鉄系超伝導体薄膜の早期実現につながった。
  コバルト添加 Sr122 膜の作製に成功した当初は、研究室内での再現性に問題がなかったことから、サンプルの化学的安定性にはさほど関心が持たれていなかったそうである。しかしながら、その超伝導特性が大気中でサンプルを取り扱うことによって劣化することに気付いたあとは、試料を取り扱う雰囲気などに配慮することによって、やっと米国ロスアラモス国立研究所との共同研究 ( パルス高磁場下での上部臨界磁場の角度依存性や臨界電流の評価 ) が実現できた、という苦労もあったという。そして、 Sr122 膜のあと Ba122 膜の作製に取りかかった当初は、 Sr 系と Ba 系のドラスティックな特性の違いは期待されていなかったが、作製した Ba 系薄膜試料を大気中で取り扱った際、明らかに Sr 系よりも劣化がないことが判明した。その Sr 系に対する Ba 系の安定性の高さは、水分濃度を制御した雰囲気下での処理実験で検証されて いる ( 図 1) 。

図 1 :コバルト添加 AE122 (AE = Sr, Ba) 薄膜の室温下水蒸気処理 ( 処理条件:露点 20~25°C) による r - T 特性の変化。 Sr122 薄膜 (a) は処理時間の増加に伴ってその特性が明らかに劣化しているのに対して、 Ba122 薄膜 (b) は同じ条件で処理してもほとんど変化しない。

 

 さらに Sr122 薄膜が大気中で不安定であることに関連して、ユニークな現象も細野教授のグループから報告されている。それは、非ドープ 122 薄膜試料において、大気中の水蒸気によって超伝導が誘起されるという現象である(図 2 )。この 122 系においては圧力誘起超伝導や常圧下での歪誘起超伝導などが既に報告されている。ところが、この鉄系超伝導体は、母相に不純物を添加もしくは化学量論組成から大きく組成をずらし、電子または正孔をドーピングすることによって超伝導体となるものがほとんどである。そういった中で、この水誘起超伝導という現象は興味深い。まだその詳細なメカニズム解明には至っていないそうだが、類似の現象が 1111 相において産業技術総合研究所の伊豫博士のグループから、そして 11 相 ( 鉄カルコゲナイド ) においても物質・材料研究機構の高野博士のグループやアメリカ コネティカット大学の Wells 教授のグループから 最近報告されている。従って、これらの現象の解明は今後新しいドーピング方法の発見などにつながる可能性を秘めているのではないだろうか。

図 2 :非ドープ Sr122 薄膜を室温大気中に保持した場合の r - T 特性の時間変化。作製直後の試料は典型的な非ドープ 122 相の特性を示すが、試料を大気中で保持することによって転移温度 25 K の超伝導が発現する。この現象は、室温での酸素、窒素、二酸化炭素雰囲気下での処理では観察されず、水蒸気雰囲気 ( 露点 13°C) 処理でのみ起こることが確認されている。

 

 現在では 122 相薄膜に関して、転移温度の高いアルカリ金属添加膜は東京農工大学の内藤教授のグループだけが作製に成功しているが、コバルト添加膜は複数のグループからの報告が多数あり、転移幅や臨界電流に関しても単結晶と同等の特性も報告されはじめている。こういった高品質なエピタキシャル薄膜試料の実現は、鉄系超伝導体の物性測定を今後さらに発展させていくのはもちろん、ジョセフソン接合などの超伝導デバイスへの応用展開へつながる。しかしながら、鉄系超伝導体では最近まで 122 相の単結晶試料を用いたジョセフソン効果の報告に限られており、薄膜試料を用いた報告はなかった。ところが、ごく最近細野教授のグループから、バイクリスタル基板上に作製されたコバルト添加 Ba122 エピタキシャル薄膜のジョセフソン効果が報告された [1] 。
  平松研究員によると、「東工大 細野・神谷研究室 博士課程 1 年 片瀬君の寝食を忘れた頑張りと、 国際超電導産業技術研究センター (ISTEC) の方々の労を惜しまぬご指導ならびにご協力のおかげで、私共のグループが鉄系超伝導体の薄膜試料を用いたジョセフソン効果を初めて観察することができました。今後はデバイスのさらなる性能向上、ならびに傾角粒界の角度依存などさらに一歩踏み込んで調べていきたい。」とのことである。  ( 高梁川 )

 

参考文献 [1] : Katase et al ., arXiv: 1001.3615 (unpublished).