SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.18, No5, October, 2009

 


〈講演会報告〉第2回「磁気遠隔力の発生と利用に関する調査研究会」


 平成21年度低温工学協会「磁気遠隔力の発生と利用に関する調査研究会」第2回調査研究会が大阪大学吹田キャンパスにて開催された。講演講師として木村恒久氏(京都大学・教授)および西嶋茂宏氏(大阪大学・教授)を招き両氏の最近の研究成果について講演いただいた。以下に講演の概要について記す。
木村氏は「磁場を用いた材料プロセッシング」と題して動的磁場および動的楕円磁場を利用した物質配向法の原理やその事例について紹介した。まず、磁場エネルギーおよび磁気異方性が生み出す配向エネルギーの位置づけを明確にするために、相転移・分子間相互作用・熱エネルギー・電場エネルギー・弾性エネルギーとの大小関係について具体的数値を例示しながら行った。その結果、配向エネルギーは熱エネルギーと十分競合できるものであり、磁場配向は他の比較したエネルギーに比べて適用範囲が広いことを示した。
これを踏まえ、種々の磁場配向法に話題が移った。最近のトピックスとして、静磁場における一軸配向だけでなく、回転磁場における磁化困難軸配向や動的楕円磁場における三軸配向について、これらの原理と実例を交えた解説がなされた。特に、一軸対称性粒子の回転磁場中における配向挙動について視覚的に理解できるようビジュアル化した解析結果が示された。これによれば、磁場の回転速度により、粒子の磁化軸あるいは磁化困難軸の追随の様子は3種類に分類される。すなわち、磁化容易軸が回転に追随するケース、磁化困難軸が磁場回転面に垂直に向くケース、磁化容易軸が回転の影響を受けながらも磁化困難軸が徐々に配向していくケースである。また、磁気異方性が存在ない構造的対称性が高い物質でも導電性物質であれば、リング・円盤・ロッドなど形状異方性と回転磁場を利用することで配向が可能となることも示し、磁場配向に適用できる物質は着実に広がっている。
 さらに木村氏の話題提供は動的楕円磁場による三軸結晶配向に及ぶ。結晶学的に斜方晶とそれよりも低対称な物質に三軸磁場配向の可能性があるが、斜方晶以外では磁化軸と結晶軸が一致しないこと、結晶対称性の問題から2軸配向が上限となることが示された。また、LiCoPO4やL-Alanine、セルロースを例にとりエポキシ樹脂中での三軸結晶配向が実現できたことや、エポキシ樹脂中での三軸配向体を用いても中性子による結晶学的解析が可能であることも実験結果を交えて報告された。
西嶋氏は「超電導磁気分離の新展開」と題して、超電導磁石を利用した磁気分離技術の実用化例を紹介し、今後の展開の方向性について議論した。まず、循環型社会の形成に伴い、製品の製造や配送などの「動脈産業」に加えて、製品が廃棄物となった後にそのリサイクルや適正な処分を行なう「静脈産業」が注目されてきており、資源戦略の観点からも重要であることが述べられた。西嶋氏は超電導磁気分離を静脈産業の革新的技術として捉え、その応用展開を検討しているという。
つづいて、これまでに西嶋氏が携わってきた磁気分離実用化に関するいくつかのプロジェクトが紹介された。半導体工場で半導体切断用に使用される切削オイルは、SiC砥粒にワイヤーソー由来の鉄が付着して切れ味が悪くなるために、1日1台当たり200?も廃棄されるという。2 Tの磁場を用い、傾斜した超電導磁石を利用して重力の作用も利用しながら磁気分離することで96%の効率で鉄付着SiCを除去し、83%の切削オイル再生に成功しているという。
 磁性の小さな物質が分離対象となる場合でも、適切な条件設定により分離対象に磁性物質を付着させる技術である磁気シーディングにより高効率の分離が可能になる。再生紙工場の排水は白濁し化学的酸素要求量(COD)が2000 ppmにもなるため、広大な沈殿槽を使用して水中の浮遊物を除去する必要があるが、磁気シーディングを行ない、3 Tで磁気分離することで、濁度10、COD 40 ppmにまで浄化することが出来たという。これによって、従来は排水となっていた水を循環利用できるまでになったとのことである。30 t の貯水タンクを有し、磁気分離用フィルターを自動的に洗浄・循環利用させる機能を有する超電導磁気分離システムが実際の工場で既に稼動しているとのことである。再生紙という性質上、刻々と処理する排水の条件が変化するが、ユニバーサルに対応できているそうだ。従来の活性汚泥を利用するプラントは6億円程度の設備費がかかるのに対し、ここで開発された超電導磁気分離システムは1億円程度と安く、ランニングコストも安価な上、設置面積も縮小でき、非常に大きな経済効果が得られるという。
この他にも、再生利用ドラム缶の洗浄廃液処理へのバルク超電導磁石の利用、ブルーレイディスクの研磨液の再生、太陽電池向けシリコン切断用スラリーからの脱鉄などに利用した例が紹介された。医療・バイオの分野への展開も始まっており、ドラックデリバリーに適用した例では、血管の分岐点で、磁気力を利用して薬剤の流れる方向を選択的に誘導するコンセプトが提案されている。既に超電導バルク磁石を使用し、豚に適用したケースで、1:6 程度の効率で薬剤の選択的な誘導が実現することが紹介された。また、創薬のための物質濃縮・分析手法としての検討も始まっているという。
超電導磁気分離の実用化に関する技術的なノウハウはかなり蓄積が進んできており、従来から詳細に検討されてきた水系以外にも、気相・流動床・懸濁液など多様な媒体に適用することが可能であると考えられることから、種々の対象について、濃縮・分離・分画・分級手段としての利用が進むと期待され、とりわけ、環境技術としての応用展開が、今後、望まれるとのことであった。
 当調査研究会の初の試みとして大阪での開催を行った。関西地方に拠点を構えている磁気科学関係の研究者が多いこともあり、当調査研究会は成功裏に終わることができた。配向技術および分離技術は磁気科学の中核の一つであり、これらの技術における近年の進展は飛躍的である。特に、それぞれの研究に必要な磁場発生装置の仕様が異なり、それらについての議論が活発に展開されたのが印象的であった。磁場発生装置のさらなる多様化を感じさせる研究会であった。    (高知工科大学 堀井滋、物質材料研究機構 廣田憲之)