SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.18, No5, Octoberr, 2009

 


 

世界最高性能のテラヘルツ帯 SIS 受信機の実現          _国立天文台_

 


 国立天文台は、情報通信研究機構の協力を得て、窒化ニオブチタン (NbTiN) を用いた超伝導 SIS ヘテロダイン受信機の開発に成功し、テラヘルツ帯で世界最高感度の性能を実現した。本成果は、南米チリに建設中のアタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計 ( ALMA ) の最高周波数帯 ( 0.78-0.95 テラヘルツ ) 受信機の仕様である「量子雑音の 5 倍以下」という雑音温度を世界で初めて達成したもので、新しい天文学の発見に大きく貢献するものと期待されている。
  超伝導体を用いたミリ波・サブミリ波受信機は、原理的に半導体では達成不可能な量子雑音限界に迫る最高感度を有するため、非常に微弱な電磁波の検出が必要な電波天文学、地球環境計測などの分野で、「究極の眼」として利用されてきた。ここでミリ波とは一般に周波数 30 GHz ~ 300 GHz ( 波長 10 mm ~ 1 mm ) 、サブミリ波は 300 GHz ~ 3 THz ( 波長 1 mm ~ 0.1 mm ← サブミリメーター ) の電波として分類されている。このうち、サブミリ波、特にテラヘルツ帯は、水蒸気による電波の吸収が大きいため、地上に届きにくくなる。いかに ALMA 望遠鏡の設置場所が標高 5000 m の乾燥したアタカマ砂漠であっても、その影響を受ける。従って、観測周波数が高くなるほど、受信機の感度が重要となるのである。しかし技術的にはその逆で、サブミリ波帯が未開拓電磁波領域と呼ばれているように、テラヘルツ帯の発振・受信技術などが未だ確立されておらず、当周波数帯での高感度受信機の実現は容易ではない。さらにテラヘルツ帯では、受信機の心臓部である超伝導 SIS ミキサー素子を構成する材料に起因する本質的な問題がある。これまで広く用いられてきた SIS ミキサーには、全てニオブ (Nb) という超伝導材料が用いてられており、その作製技術はすでに確立されている。ところが、超伝導体にはギャップ周波数と呼ばれる材料固有の周波数限界が存在し、 Nb の場合、約 0.7 THz である。この周波数以上では、超伝導状態が壊れ始め、ミキサーの中で使われている超伝導高周波回路の損失が増加する結果、受信機の感度が極端に悪くなってしまう。従ってテラヘルツ帯では、従来から用いられてきた Nb に代わって高いギャップ周波数を持つ超伝導材料を用いて、新たに SIS ミキサーを開発しなければならなかった。その開発は非常に困難であるため、究極の電波望遠鏡として期待される ALMA の最高周波数帯の性能を満たす受信機は存在しなかった。
  今回、国立天文台先端技術センターが有する超伝導 SIS 受信機技術と情報通信研究機構未来 ICT 研究センターが有する窒化ニオブ系超伝導薄膜作製技術の融合により、世界に先駆けてテラヘルツ帯超高感度 SIS 受信機の開発に成功した。図 1 に開発した SIS ミキサーを示す。外部からのテラヘルツ電磁波を指向性の優れたコルゲートホーンと呼ばれる導波管アンテナで受信し、金属導波管、そして水晶基板を用いたミキサーチップへと伝送する。ミキサーチップ上には、超伝導 NbTiN 薄膜上に直径 1 ミクロンの大きさを持つ Nb/AlO x /Nb 接合を作製し、接合容量を同調するためなどの NbTiN/SiO 2 /Al マイクロストリップ線路による超高周波回路を集積化した。この低損失回路の開発に加え、リーク電流の少ない SIS 接合を得るために、従来に比べ低電流密度接合で回路設計を行うことにより世界最高感度を達成できたと考えている。

 

 

図 1  開発したテラヘルツ帯 SIS ミキサー。左上:ミキサーブロック写真。右上:ブロック内部光学顕微鏡写真。下: NbTiN 薄膜を用いた超伝導集積回路の走査電子顕微鏡写真。

 

 NbTiN 薄膜は、反応性 DC スパッタリング法で作製した。 NbTi の窒化過程と成膜速度を適切に制御することによって優れた超伝導特性を持つ薄膜作製が可能であることを見いだした。得られた NbTiN 薄膜の特性を設計過程に取り入れ、 SIS 接合が持つ超低雑音特性を最大限に引き出すための超伝導集積回路を独自の高周波回路設計手法を導入することによって最適化した。設計通りのデバイスを実現するために、最高解像度 0 . 35 ミクロンを持つ紫外線露光装置 ( i 線ステッパー ) などを駆使することによって、図 1 の走査電子顕微鏡写真のようなデバイスを再現性良く作製することを可能にした。これを独自に開発したテラヘルツ帯受信機システムに搭載し、性能を評価した結果、図 2 に示すように、極めて挑戦的であった ALMA 仕様の達成を世界で初めて実証することに成功した。当周波数帯でのこれまでの世界最高性能を持つ受信機は、カリフォルニア工科大学が 2000 年に報告した導波管を用いない方式のものや、特に最近ではオランダ宇宙研究機構 ( SRON ) が 2006 年に報告したもの ( 今回と同じ導波管方式 ) などがあるが、いずれの性能をも凌駕している。今回の性能実証は、開発した設計・作製技術が非常に良く確立されていることを示唆しており、 70 台以上の受信機を製造する ALMA 計画に非常に重要なことである。開発したテラヘルツ帯超伝導 SIS 受信機は、天文学などの基礎科学分野の発展に貢献するだけでなく、周波数の有効利用となる超高周波・超高速通信や各種検査、バイオ、医学などの一般的応用にも大きく貢献することが期待される。 ( たきこ )

 

図 2  今回開発した受信機の雑音特性。これまでの世界最高性能 ( 動作温度 4 K において ) は米国カリフォルニア工科大学や欧州を代表する研究所である SRON が開発したものだったが、大幅に性能を向上することに成功。