SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.18, No4, August, 2009

 


Y系線材開発20年の歩みと現在


イットリウム系超電導酸化物は線材になるのか? 20年前この質問をされてYesと答えられる人はいなかったと思う。それが小さな可能性を示したことでたくさんの人が関心を持ち、何時の間にか次々と大きな研究の流れが出来て線材が完成してしまった。現在は最も高性能が期待し得る超電導線材として新しい超電導応用の可能性が検討され初めているが、黎明期から開発に携わった者の1人としてこれまでの開発の流れを追ってみたい。

1.基礎技術摸索の時代 (1987-1998)
イットリウム系酸化物超電導体は最初に臨界温度が液体窒素温度を越えた材料であり、最も早くから線材開発の努力が開始された高温超電導材料である。結晶粒界が深刻な弱結合となることから、フレキシブルで腰の強い合金テープに高品質試料を膜状に蒸着するという方法が早くから摸索されていた。しかしながら全く不充分な特性しか得られず、やがて単結晶の構造でないと通電電流が得られないことが明らかになると、後から発見されたBi系に線材開発の焦点が移り、Y系は線材化には不向きと考えられるようになった。
1990年の末頃のこと、筆者は"イオンビームアシスト蒸着(IBAD)装置"を用いて、金属板やガラス上において様々な多結晶膜を作成していたが、ある日安定化ジルコニアの薄膜についてイオン衝撃下で<100>軸が非常に強く垂直配向した構造が得られることを見出した。この装置は当初イオン衝撃を使う非平衡プロセス下で理想的な超電導膜が得られないかという構想で導入された装置であったが、当初目的とは異なり基板と超電導膜の間に設ける中間層膜の配向制御を念頭に探索した実験の中に、当たりが混じっていた。
最初はイオンの入射方向にYSZの<100>軸が向く現象と考え、基板を傾けてイオンの入射方向を変えてみても、垂直軸は鋭く<100>配向のまま動かない。当時は極点測定装置やRHEEDなど保有していなかったが、この試料の面内結晶軸の情報がどうしても知りたかったので、通常のX線試料台にセットした薄膜の 軸を数度回転させてはロッキングカーブをとる、言わば人間ゴニオメーターを実行した。その結果、90度おきに信号が現れるサンプルがあることを見つけた時は大変驚くとともに嬉しかった。この配向中間層をシードとして3次元的に配向した超電導膜を合金テープ上に構成する方法で、予想通り臨界電流密度は105 A/cm2を大きく越え、Y系線材の可能性を初めて示すことになった。
この結果はかなりのインパクトを与え、90年代を通じて類似の線材構造を作るため多数の製法が日米主導で次々と提案された。当初IBAD法は大変成膜速度が遅く、現実的なコストで生産する製法が切望されていた。ここでは詳細は省くが、IBAD同様に異方的成長プロセスを用いる方法と、RABiTS法等の基板の段階で冶金学的に集合組織を作成する方法に分けられる。これらは単結晶的構造を構成する野心的 線材として"第二世代線材"等と呼ばれ、米国を中心に技術的フロンティアとしてクローズアップされた。この時期米国ではロスアラモスやオークリッジ等の国立研究所、日本では国や電力業界の助成下で民間機関を中心にこの新しい線材の開発が摸索されており、米国材料学会の会議等で幹事を指名された時はこちらの知名度がなく荷が重かったのを覚えている。しかしながら、この頃はまだ長さを伴うデータがほとんどなく、どの製法も依然として現実的な線材プロセスとは評価されていなかった。Y系線材は基本構成の検討段階で10年が費やされ、学会が賑やかとなる一方で企業の開発テーマとしては次第に苦しくなっていった。

2.大規模プロジェクトによる線材製造技術の確立 (1999-2008)
この状況を打開するため、90年代末に日米で大規模な国家プロジェクトが組織される。これまでバラバラに進められていたY系線材開発を、日本ではISTEC、米国ではDOEが総合的に管理して進める大勢が作られ、これまでとは桁の違う助成金が注ぎ込まれるようになる。この体制はとくにIBADのように大型真空設備を要するプロセスでは大きな効果を生んだ。1999年に開始された「超電導応用基盤技術開発プロジェクト」では、初めて矩形の誘導放電イオンソースを搭載したreel-to-reel IBAD装置が設計製作され、これを用いて初めて100 m級のY系超電導線材を世に示すことが出来た。
90年代末という時期は真空技術の進歩が巧くシンクロしていて、大型のイオンソースや長寿命のエキシマレーザといった要素技術が世の中で開発された直後だったことも幸運であった。IBAD法を用いた線材の特性は日米でトップデータを競い合うシーソーゲームが続き、2007年度に長さと超電導臨界電流の積は日米ともに窒素温度中で105 Amを越え、概ね3-4年で1桁上昇するペースで現在も特性向上が続いている。これらの線材を用いて、電力ケーブルや限流器、モーター等の試作機のデモンストレーションがBi系に10年遅れて開始されるに至った。
 線材特性の向上もさることながら、生産コストを低減するためにスループットや原料収率を向上する技術も大きく進展した。米国では一時期IBAD法はコスト高とされて停滞した時期があったが、SuperPower社にてMgOを用いた極薄IBAD中間層の長尺化に成功すると、コスト高という印象はなくなった。現在ではIBAD中間層のスループットは数100 m/h以上となっている。超電導層プロセスにおいても、SuperPower社ではCVD法で原料収率が20%を越え、日本でもフジクラのレーザー蒸着法による原料収率が60%に達し、300-500 Aクラスの線材が数10 m/hで製造可能となっている。
 さらに高価な真空設備を不要とするための化学的・冶金的プロセスも大きく進展した。米国AMSC社と日本の昭和電線において、精緻な真空装置を用いずに長尺のMOD法線材が製造可能となった。基板についてもIBAD法の他に、金属集合組織を用いる方法が改良され、米AMSC社や住友電工において合金やクラッド材を使った試みが実を結びつつあり、最近では鹿児島大学から銅の集合組織を使った理想的な基板の提案もされている。

3.事業化を目指して (2009-)
 現在、Y系線材は事業化の段階へ入りつつある。米国の2社からは一昨年から、日本においても今年から1社が製品としてサンプル出荷を開始している。米国では既に製造についても主力がビスマス系からY系に移っており、製造能力については10年前のビスマス系に近い段階に来ているものと考えられる。
現在の性能、コストにおいても一定の限られた試作品の需要を満たす線材の提供は可能であるが、Y系線材はそのプロセスの特徴から線材性能、生産力、コスト、品質、全てにおいて更なる飛躍の余地がある。線材性能についても最近窒素温度中で1000 Aの実通電に成功したほか、さらに磁界中の特性を向上させる人工ピン技術の進展も著しく、この点他の材料系と比べて際立った特徴である。交流通電損失の低減についても多くの切り口で原理検証が進んでおり、今後長尺プロセスとして確立し得る低損失化方法の開発が期待される。
Y系線材の製造方式は現在でも数種が並存しているが、設備投資費用と超電導材料原料価格がトレードオフになっている状況のため、コスト低減上どの製法が有利等の判断は難しい。いずれにせよ、ある程度以上の製造線速になると真空設備の初期投資負担はさほど問題とならなくなり、また銀の使用量が少ないため原料価格の低減も進めやすく、量産に伴ってBi系と同等以下の価格がいずれ実現されるものと思われる。今後は実際に各種応用に利用されることによって製品としての信頼性の評価が進み、好循環が生じていくことを期待したい。                  (フジクラ 飯島康裕)