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SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.18, No4, August, 2009

ビスマス系高温超電導線の歩みと最新動向

「超電導コミュニケーションズ」(SUPERCOM)が100号を迎えるに当たり、事務局と関係されている皆様に敬意と感謝の意を表させていただきたい。ここでは、ビスマス系超電導線の歩みと最新動向をお伝えしたい。

1. はじめに
1988年1月にNIMS・前田弘博士によって発見され世の中に知らされたビスマス系超電導材料を用いた線材化の開発はその直後に始まった。開発の過程は、大きく分けると5期に分類される。
第Ⅰ期(1988-1990)：黎明期　－　主として短尺から数十m級の線材で線材のコンセプト探索
　第Ⅱ期(1991-1995)：成長期　－　1,000 m級の製造技術開発(JSTの委託開発)
　第Ⅲ期(1996-1998)：停滞期　－　思うように性能向上、長尺歩留が得られない困難な時期
　第Ⅳ期(1999-2003)：潜伏期　－　困難な時ではあったがAcademiaとの連携で飛躍を期した時期
第Ⅴ期(2004-現在) ：躍進期　－　新しい製造技術とAcademiaとの連携でブレイクスルーが実現し
性能向上とコスト低減、また応用製品システム開発への時期

2. 第Ⅰ期 (1988-1990)：黎明期
　この時期は、try & errorでいろいろなアイデアを試した時期であった。現在の2段焼結法の基礎を早い時期に掴んだことがその後の臨界電流の向上につながった。相変態挙動が大きな意味合いを持つことを把握したことも大きかった。材料技術者として最も大事なことは我々に与えられたこの材料の究極の性能はどこまで行くのだろうか、ということの重要性を当時の副社長の中原恒雄から教えられた。私なりに考えてみると、そこに富士山があるということが大事で、登山ルートは一つではないからである。多芯線によるフレキシブル化を確認した後、開発を多芯線に集中したことはManagerとして大きな決断であった。単芯線の方が圧倒的に高い臨界電流を示していたからである。その後の長尺化、性能や歩留向上の経緯を見ればこれが間違っていなかったことを再確認できる。

3. 第Ⅱ期 (1991-1995)：成長期
　この時期は、JST-科学技術振興機構 (その当時は新技術事業団) -からの委託開発の時期で当時としては大きな金額の約10億円という無利子融資を得て、1,000 m級の製造技術に挑んだ時期である。1,000 mを実現するための設備を自分たちのアイデアに基づいて開発し、必要な部材や設備のソフトも自分たちで開発しなければならなかった。1991年からは東京電力/住友電工の超電導ケーブルの導体化の共同研究が始まり、今日の超電導ケーブル実証プロジェクト（横浜プロジェクト）へとつながっていることは感慨深い。この時期に入社した若い人たちが現在の中心開発者として育ってきていることは喜ばしい限りである。

4. 第Ⅲ期 (1996-1998)：停滞期と第Ⅳ期(1999-2003)：潜伏期
　この時期の前半はいろいろな開発がなかなか成果に結びつかず、後半も最初の内は厳しい時期であった。2004年から稼働した加圧焼成炉のアイデアは1999年に始まったが、その設備としての世界初という困難さから多大の苦労を積み重ねることとなった。原理的に正しいことは必ずその努力が報われることを後でかみしめることとなる。性能向上については、Academiaとの連携を強化し、ベテランから新進気鋭の若手研究者との出会いが多数あったことは大変幸運であった。我々が気のつかない新しい発想など勉強させられるところが多く、現在でもこれは大切にしている。

5. 第Ⅴ期 (2004-現在)：躍進期
　当初の目的は、線材としてのRobust性に目標を置いて開発した加圧焼成法が順調に稼働し、線材としてそれまでとは異なった様相を示し始めた。臨界電流の向上、機械的特性の向上などで大きな進歩が得られ、また長尺線としての特性も飛躍的に向上した。いろいろなアイデアを基に試作した結果が系統的な結果として得られ始めたこともその後の飛躍につながっていると思う。Academiaとの連携としては、臨界温度自体も117.8 K(1,2)という今までにない高い温度を示し、電磁気的・機械的な評価(3-5)も系統だった結果が得られ、次の一手として打つ手も従来に比べ確率の高いものとなった。長尺線も2,000 mを越え、性能評価指数である臨界電流×線材単長(A×m)も300,000 Amを量産レベルで達成している。
最近のSQUID顕微鏡による研究成果によれば、200 A級のビスマス系超電導線の中央部分の臨界電流は、800 A/cmのシート電流密度(6)を示していることが明らかとなっている。従って、先端的設備による評価結果やSPring-8による固体化学反応機構のデータの積み重ねを基に、次の飛躍に向かうエネルギーが充分蓄積されてきているので、さらなる新しい展開を期待できると確信している。

6. 今後に向かって
ビスマス系高温超電導線は開発当時からは考えられない、銅線に比べて同じ断面積で200倍もの電流を抵抗ゼロで流すことが出来るようになり、多くの製品開発に適用可能となった。2006年からは、応用製品として、実使用規模のプロトタイプが開発され、その有効性・課題が検証される段階に進んだ。また、近未来の地球規模の応用へ向け更なる開発が進められている。
ビスマス系高温超電導線の応用は、次の5つの大きな分野において開発が進んでいる。

1. 地球とエネルギー・環境技術（電力ケーブル、発電機、変圧器、限流器など）
2. 都市インフラと交通技術（船舶用モータ、超電導自動車、リニアなど）
3. 暮らしとIT・ユビキタス技術（インターネットデンターセンター直流配電など）
4. 工場とモノ作り技術（単結晶引き上げ装置、磁気分離、誘導加熱装置など）
5. 医療とバイオ技術（MRI、NMRなど）

これらの応用分野は私たちの社会インフラ、健康、日常生活に深く関わりあうものである。高温超電導線が省エネルギー・小型化・軽量化・高性能化・省資源化の特徴をもたらすので、今後の低炭素社会を実現してゆく際の切り札的存在になってゆくであろうことが想像される。例えば、太陽光発電で生み出された低電圧の直流電流を高温超電導ケーブルにより低損失で長距離を運ぶことが出来るようになると、自然エネルギーの泣き所である、空間的な不均一さや時間的な不均一さを解消して人類の共通の財産として分け隔てないエネルギー供給が可能となる。また、超電導モータを搭載した電気自動車が可能となれば大幅な省エネルギーが可能となり、石油を巡るいざこざが解消される。

以上述べてきた応用を実用化し拡大・促進するためには、これらの材料の持っているポテンシャルを発揮させて更なる性能向上を追求する必要がある。材料研究者にはそれぞれが取り組む材料が持っている究極の姿を目指すことが求められる。現在のビスマス系超電導線の性能は開発当初の臨界電流値である数Aから見れば200 Aと20倍以上の値となっているが、この材料の持っているポテンシャルである1,000 A～2,000 Aから見ればまだまだ究極の姿を実現しているとは言い難い。高い目標に向かってチャレンジして行く若い研究者の皆さんにエールをお送りし、結言としたい。

参考文献
(1) J. Shimoyama et al.: Jpn. J. Appl. Phys. 44 (2005)L1525.
(2) J. Shimoyama et al.: Physica C 460-462 (2007) 1405.
(3) Y. Himeda et al.: Physica C 445-448 (2006)722.
(4) H. Kitaguchi et al.: Supercond. Sci. Technol. 22 (2009) 045005.
(5) S. Machiya et al.: Supercond. Sci. Technol. 21 (2008) 054007.
(6) 木須隆暢：戦略的イノベーション創出推進事業ワークショップ「超伝導システム」(2009.6.22)

(住友電気工業株式会社　佐藤謙一)