SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.18, No4, August, 2009

 


夢が実現するとき


  夢は時代が動くとき非現実から現実に変わる。2007年のJR東海の葛西会長と松本社長による「東京−名古屋間超伝導リニア2025年開通宣言」は人類の歴史をかなり早く塗り替える大きな決断になったと信じ、敬意を表したいと考える。この日までJR技術陣は技術のレベル向上を図ったのみでなく、周辺の環境を整えてきた。この決断に至るまでには、種々の紆余曲折があったようであるが、長く続く日本の閉塞状況が新たな夢を必要としたことが決断をさらに後押ししたと考える。
JR東海のリニア実現の決断が21世紀の日本に非常に大きな変化を与えることだけは確実である。20世紀の日本にとって新幹線は「ハイテク・高信頼性」のシンボルであった。21世紀の日本人が誇りに思えること、その候補の最右翼のひとつがこれで与えられる。
 リニア開発が始まったのは、新幹線開通の1964年よりもさらに2年も前のことである。この頃はまだ超伝導磁石も優れた性能のものがなく、重い車体を10 cmも浮かせて走るなど無謀なことであった。超伝導が破れて、クエンチングという液体ヘリウムが吹き出す事故を引き起こすことも日常茶飯事であった時代である。にもかかわらず、超伝導磁気浮上が志向された理由は「究極の安全性を求めて」のことであった。
当時国鉄の車両部長であった京谷好泰氏は「円と直線が1点で接触」しつつ走る車輪とレイルを使う鉄道の方式に満足していなかった。接触するその一点に応力集中が起こるからである。そこには無理な力がかかる。事実、車輪事故はその後も海外の大規模な高速列車脱線転覆事故だけでなく、日本でも複数回起きている。日本の新幹線で一度も車輪事故が起きていないことは本当に幸せなことである。
浮かせてしまえば応力集中は起きない、とする京谷氏の考えは奇想天外のものではあったが、原理的には正しいものであった。鉄道総合技術研究所は50年もの長い年月に耐えて、車上の超伝導磁石と地上コイルとの間に働く反発力を利用するという磁気浮上列車のアイディアを現実の形に仕立て上げ、そして数々のモデル実験を行い、本当に人を乗せて走ることのできる実用列車にまで技術を育て上げてきていた。そのユニークな方式は現在上海で実用化されたドイツ方式の吸引型磁気浮上列車とは原理的にまったく異なる。JRの反発浮上方式は地上と10 cm以上のクリアランスがあり、かつ、何ら浮上高さ調節を必要としないという点で原理的にすぐれている。
技術的に進んでいても、社会が経済的にすんなりと受け入れるとは限らない。1958年に東海道新幹線への着工が最終的に決定されたが、それに至るまでに諸々の反対意見があった。東京−大阪間7時間を短縮することそのものに意味があるかどうか、新幹線という新たな路線を建設する巨額な投資に日本経済が耐えられるかどうかなどが大議論になっていた。20世紀後半、新幹線が日本の「ハイテク・高信頼性」の広告塔となり、世界最大・最安全の交通機関になるとは予想されていなかった。
超伝導リニア・モーターカーに関する今回のJR東海の決断は経済的にも当然ながら大きな議論を経たものである。「整備新幹線計画」は新幹線を全国すべての県に亘って完成させていこうとするものであるが、その完成以前にはリニア計画にはタッチしないという国会議員間の約束があり、国土交通省もまったく動くことはできなかったとされる。JR東海の葛西会長と松本社長が「国の支援なしでも自らの資金で開通させる」と宣言したのはこのような背景があったからである。一方、元気な中国がJR方式磁気浮上の技術を導入して日本より先に完成するか、あるいは、独自開発を進めてしまうかもしれないという外界の状況変化もあった。
このような社会の環境変化の中で、技術をここまでたゆまずに進め、成熟させてきておいたことが時代を動かす原動力になったことに注目しなければならない。技術を受け入れる時代の変化も起こっていた。
 太陽電池技術においてもおなじようなことが言える。1970年代のオイルショック後に開始された日本のサンシャイン計画による技術開発が行われていたころ、そして、さらにごく最近まで太陽電池は国の基幹エネルギーとして考えられることはなかった。しかしながら、日本の技術は着実に太陽光発電のエネルギー効率を10%から20%にまで上げてきたし、製造のプロセスの合理化も図ってきた。そして20世紀の最後頃には家庭の屋根への太陽電池導入を小規模ながらスタートさせ、「おもちゃから家庭のエコ・ステータス」にまで太陽電池の地位を高めて来ていた。その後、太陽電池技術を推進してきていた経産省の若干の采配ミスもあって、太陽電池の市場導入過程において世界の他の諸国が日本を追い抜いていったという局面もあったが、太陽電池はいましっかりと地球環境の変化を受け止めようとしている。
 世界で導入される太陽電池の容量は実質やっと大型火力あるいは原子力発電所1基分に達した程度である。真の基幹エネルギーに成長するには、現在のさらに10倍から数10倍の生産量にする必要がある。これが可能であるかどうかについて、社会は再び新幹線導入時と同じような議論をし、逡巡しているところがある。すなわち、社会はそのコストに耐えられるかどうか、と言った問題である。
 現在とりあえず数千億円の年間生産量に持って行きたい日本の事情、そして、世界で年間数兆円規模となってきた自然エネルギーへの投資、日本の娯楽費が年間100兆円に近く、中でもパチンコ代は年間30兆円に近い、といった諸々の因子を考えると、私は個人的には現在の数十倍の太陽電池生産を行うことは十分に可能なことであると信じる。
 自然エネルギーからの電力が大量に電力系統に流れ込むと、系統の安定制御が非常に難しくなるとされる。このために米国などでは「スマート・グリッド計画」がオバマ大統領のグリーンニューディールの下で推進されることとなった。IT技術や電池などの電力貯蔵をも駆使して、多数の発電源と多数の消費地での変動を電力系統がきめ細かに吸収できるように図るものであるが、究極の姿として「超伝導送電」が計画の一部に取り込まれている。超伝導直流送電が現在の交流の地域電力系統に対して、バックボーンの基幹線になる。なるべく広い地域、できれば地球全体で超伝導を利用した電力の融通(GENESIS計画)ができれば、自然エネルギーのアキレス腱とされる「間歇性」を克服することができる。
 自然エネルギー時代には超伝導は必然の技術になると思われる。そのために我々はこれから何十年かをかけて子どもたちの世代に向けた地球大の遺産としてのGENESIS、すなわち、壮大な超伝導地球規模電力網自然エネルギーシステムを作り上げていかねばならなくなるであろう。
 それまでいくつかのマイルストーン・モニュメントを作りつつ、本格的なGENESISへの取組を21世紀の超伝導技術に携わる研究者たちはしていくことになるのであろう。
(科学技術振興機構 北澤宏一)